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099 聖梅樹

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 花畑に囲まれた丘、その上にある巨大な梅の木。
 見上げるなりナシノ女史は「……聖樹」とつぶやく。
 聖樹とはギガラニカ世界に伝わる神話とかお伽噺に登場する木にて、地球でいうところの世界樹みたいなモノ。
 でも、これはあくまで梅の木だから「聖梅樹」といったところであろうか――

 ただいまコウケイ国一行は、聖梅樹の下にてハチノヘたちから歓待を受けている真っ最中である。
 枝垂が合流したときにはすでに共闘して、ナムクラーゲンを退治することが決まっていた。この宴会は懇親会と決起集会を兼ねている。
 ハチノヘ側からはハチミツ尽くし御膳のもてなしを受け、一行は舌鼓を打つ。
 お礼に枝垂はカリカリ梅やら極上梅干しに、ポテトチップスなどを大量に出しては謝辞を述べる。なお、オマケのカードの開封はあとで城に戻ってからのお楽しみ。いや、だってこんなところで重たい金塊やら魔鋼とか出しても荷物になるだけだし。

  ☆

 にしても、この樹はじつに興味深い。
 聖梅樹は樹齢千年越えの大楠ほどもある立派な体躯と、雄々しい枝振りをしているが、咲く花は通常サイズである。
 けれども大きい分だけあって、咲かせる数が非常に多い。
 まるで満開の桜のごとく無数の花弁をつけている。
 この樹の面白いところは、いろんな品種が混ざっていること。

 紅、白、桃、青白、色みの濃いのから淡いのまで多彩にて色とりどりだが、シンプルな五枚花弁の「竜狭小梅」「三吉野」「曙」などに混じって、中輪八重咲の「東錦」や「浮牡丹」、大輪の「黄金鶴」や「鴬宿梅」に「月宮殿」などが咲き誇っている。
 原種に近い小ぶりな野梅系、ほとんどの花が紅色で枝の切口の色が赤い緋梅系、アンズとの関わりが深く大輪が多い品種の豊後系……
 花梅に実梅、それらが混然一体となり、一本の木で仲良く共存している。
 まるで梅のコミュニティのようだ。
 花たちは争うのではなくて、互いに手を携えて生きている。

 自然と頬が綻んで心が和む。
 とても平和な光景だと枝垂は思った。
 これを眺めていると、樹人たちの世界に対する想いがヒシヒシと伝わってくる。
 彼らはつねに共存共栄を願っていた。その想いはきっといまもなお脈々と受け継がれているはず。
 だがしかし……

「そうなると気になるのは鉱人の方なんだよねえ」

 枝垂の独り言をナシノ女史が小耳に挟む。

「どうした枝垂、何か気になることでも?」

 肩書多く何かと忙しいナシノ女史とゆっくり話せる機会はそうそうない。
 いい機会なので、枝垂はずっと気になっていたことを相談してみることにした。

「いえ、じつは鉱人たちのことなんですけど、樹人らがこうして生き残っているのならば、より不滅に近い彼らも生き残っているんじゃないかと」
「……その可能性は極めて高いね」
「それで鉱人ってのは核となる部分さえ無事なら、カラダがいくら壊れても再生できるって」
「ああ、そうみたいだね」
「その核なんですけど、どのようなモノだったんでしょうか? 宝石みたいにキラキラしていたのか、それとも固い鉱物で出来ていたのか」
「鉱人の核か……私も古い文献でちらりと読んだだけで、あまり詳しいことは知らないけど、いろいろだったって話だよ」

 その辺に落ちてる石ころのようなモノもあれば、まるで王族の宝飾品のようにカットされたモノもあるし、色とりどりの宝石のようなモノもあり、丸い玉もあればゴツゴツした岩の塊もあり、なかには棒状やら角柱に円錐や円柱、正多面体などなど。
 すべて似て非なるモノにて、同じ形状のモノはただのひとつもないとも云われている。

 この話をナシノ女史から聞いた瞬間、枝垂は不意にぞくりとして寒気を覚えた。
 どうしてそのようなことを考えたのかは、自分でもよくわからないのだけれども、枝垂の中でいろんな符合が急に合致する。

 もしも、もしもだ。
 例えばある日のこと、畑仕事に出かけてせっせと土を掘り返していたら、地中からいきなり大きな宝石が出てきたら、どうする?
 とたんに億万長者だ。人生大逆転、勝組でハッピー?
 いいや、そうはならない。身の丈にあわない大金を手に入れたら、十中八九、ろくなことにならない。
 めでたし、めでたしで終わるのは昔話の中だけだ。
 現実では醜い争いが起きるだろう。

 ホープダイヤモンドというものがある。
 世界で最も有名なブルーのダイヤモンドにて、数多の王族や大富豪の手を渡ってきたが、持ち主たちは不幸な最期を遂げている。
 持ち主に祟る、不幸を呼び寄せるとされる宝石の話は存外多い。

 とはいえ枝垂とて、これを本気で信じてはいなかった。小学校の図書室に置いてあった都市伝説の本に書かれていたことを、友達らとキャアキャア面白がっていただけのこと。
 でも、それがもしも偶然なんぞではなかったら?
 その宝石が地球産のものではなくて、異世界ギガラニカ由来のもので、じつは鉱人の核であったとしたら話が大きく変わってくる。

 宝石が持つ美しさや醸し出す神秘の輝き。
 人々の欲望を刺激し、ときに狂わせ、争わせ、命をも奪う。
 根底に胎動するのは、まぎれもない悪意。

 現在、ホープダイヤモンドは米国スミソニアン博物館にあったはず。そしてあの国は世界で最初に核実験を……

「まさか……いや、さすがにそれは……」

 繰り返される星骸の降臨。
 原因は地球側の環境破壊にある。
 だが、仮にそれを意図的に引き起こしている者がいるとしたら、目的はひとつしかない。

 復讐――

 急に固まった枝垂を案じて、ナシノ女史が顔を覗き込んでくるも、枝垂は目を合わせることができなかった。


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