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095 ふわふわ
しおりを挟む脅威は去り、海底大空洞にふたたび静寂が戻った。
戦いの後、一面には黄色と黒の絨毯が敷き詰められている。
モゾモゾしているそれらはみなナムクラーゲンの毒にやられて、ダメ亭主化したハチたちだ。社会の歯車として生きることに誇りを持つモーレツ働きバチたちが、飛ぶことすらも億劫がっては地面に転がりゴロゴロしている姿は、なんとも退廃的にてなかなかシュールな光景であった。
ナムクラーゲンの八本足の裏には吸盤がびっしりあって、そこに無数の産毛みたいな極微細の針がこれまたびっしり生えている。それに触れると、たちまちビリリと毒におかされてしまうのだ。
それが一方的に蹂躙されていたからくりである。
ところどころ森の木々が薙ぎ倒されては、荒れ地化している。
ナムクラーゲンが暴れたり、通った場所であろう。そのくせ花が生えている区画はきれいなもの。ああ見えてナムクラーゲンもいろいろ考えているのか、蜜の元となる場所には手をつけていない。存外にずる賢い奴である。
森を突っ切り枝垂たち一行は進む。
植生はなかなか豊かにて、小動物もいるが、危険な生物の気配はない。ジェホホウダンの森の一層目と同じで、アレさえあらわれなければ、子どもでもうろつける平穏な場所なのであろう。
☆
集合団地のようなハチノヘの巣が次第に近づいてきた。
するとナムクラーゲンの被害にあったとおぼしきものが、ちらほら見受けられた。十棟ほどもがやられて、しおしおな姿になっている。
どうやら何度もハチミツ強盗の襲撃を受けては、被害に遭っている模様。
惨状を目の当たりにして一行は言葉もない。
「それどころではなさそうだし、これはさすがに交渉は無理かもしれん」
ナシノ女史は懸念を示すも、ジャニスは逆であった。
「いいえ、ハチノヘたちには悪いですが、コウケイ国にとってはむしろ好機かと」
助太刀を申し出て、見事にナムクラーゲンの禍獣を退治すれば、今後の関係はきっと良好な進展を遂げるはず。
たしかにその通りであろう。
だがしかし――
「場所が問題なんだよねえ。ここではあまり威力のある魔法は使えんぞ。特に火系統はダメだ。森に引火したらおおごとだからね。それにやっかいなのが、あのヌメヌメと毒だよ。火が使えれば丸焼きにしてやるんだけど……」
ぷにょんぽにょん、ぬるっとした柔らかなカラダに刃は通りにくい。
たいていの打撃が吸収されてしまう。そしてうかつに近づくと八本足に撫でられて毒の餌食にあう。
「フセのときに使ったみたいな落とし穴は?」
枝垂は思いつきを口にする。無理に倒す必要はない。だったら大きな穴に落として捕まえてから、煮るなり焼くなり埋めるなりすればいい。
けれどもナシノ女史は、これにも首を横に振る。
「この場所であまり大規模な地魔法は使わぬ方がいいだろう。どのような影響が出るかわからんからな。浸水なんぞしたら目も当てられん」
そういえばここは海底洞窟の内部であった。何かのひょうしにバランスが崩れて亀裂でも入れば、あっという間に水圧の餌食になりかねない。
まぁ、とにもかくにもまずはこのハチノヘの群れを統治している女王に会ってからのことである。
なんぞと枝垂が考えていたときのこと。
胸元に抱きついていた迷子のハチノヘが「キュゥ」とひと鳴き、急に羽根を振るわせては、ブブブブブ……
「?」
家に戻ってこれて喜んでいるのであろうか。
そのわりには変わらず離れようとはしないのだけれども。
枝垂が不思議がっていると、いつのまにやら四匹のハチノヘに囲まれていた。
ハチノヘたちはその気になれば無音飛行が出来るらしい。
そんな四匹が急に距離を詰めてきたもので、警護の飛梅さんがすかさずガードしようとするも、四匹は分散しては飛梅さんがのばした腕を素早く掻い潜る。
そしてピタリと張りついたのは枝垂の両腕である。
左右の腕に二匹づつ。それらが一斉にブブブと羽根を動かすや否や、浮かび上がったのは星クズの勇者のカラダであった。
枝垂はまるで歌舞伎の宙乗りか、舞台のピーターパンのごとく空を飛ぶ。
いや、それは嘘だ。ちょっと格好をつけた。本当は両腕にて吊り下げられた捕囚のごとき情けない姿にて、お空をブ~ン。ちなみに歌舞伎の宙乗りを「ふわふわ」という。
これに地上に残されたナシノ女史たちは慌て、飛梅さんはすぐさま宙を駆けて追いかけようとしたのだけれども、その次の瞬間のこと。
黄色と黒の波が押し寄せて、一行を飲み込んでしまった。
森の中から突如として湧いては、潮のごとく押し寄せたのは大量のハチノヘたちである。
ジャニスたち腕利きで構成された隊の者らに接近を悟らせないほどの、見事な隠形の技。その気になれば、そーっと背後に忍び寄ってチクリと一刺しとかできそう。
「なっ! ハチノヘたちはこんなことも出来たのか?」
黒ヒョウ姉さんは目をぱちくり、すぐさま剣の柄に手をかけるも、そこまでであった。
次々と抱きついてくるハチノヘたち。圧倒的数により身動きを封じられる。
一行はたちまち何処かへと運びさられてしまった。
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