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091 迷子

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 ヒシと枝垂の胸に抱きつき、ハチノヘは離れようとしない。
 しょうがないので好きにさせていたら、こんどは背中から飛梅さんがヒシと抱きついてきた。こちらは燃料チャージである。
 木偶人形と巨大ミツバチに挟まれた格好の枝垂、その足下では赤べこのフセがやたらとまとわりついてくる。どうやらフセは焼き餅をやいてるようだ。
 でも固いカラダで、ガンガン脛に当たってくるからツライ。かといって邪険に扱うわけにもいかず。
 どうしたらいいのかわからない枝垂は弱り顔にて、立ち尽くすばかり。
 ところは王城内の謁見の間である。
 そんな情けない星クズの勇者を横目にして――

「幸福のハチノヘか。そんなものを見かけたのならば、もっと騒ぎになっても良さそうなものだが。……にしても、ククク」

 笑いを堪えつつ、ロバイス王は自分の顎に手を当て思案顔となる。
 たとえ正体を知らずとも、こんな大きなミツバチがうろついていたら、ふつうは驚く。たちまち人の口の端にのぼるだろう。城下にあらわれたら、どうしたって騒ぎになる。

「いえ、そのような報告は入っておりません」

 近衛士のジャニスが目撃情報の存在を否定した。

「ということは、直接、王城の庭に飛んできたのかしらん? でも、変よね。防空結界が張ってあるから、おいそれとは侵入できないはずだけど」

 ディラ王妃は扇を開いたり閉じたりしながら、不思議がっている。
 コウケイ国は三十九ヶ国中、最小最弱とされているが、それはあくまで総合国力を計算してのことである。
 兵の質や個の武力、防衛力だけを抜粋すれば、けっこう強い。数こそは少ないが質はいい。なによりここは最果ての離島である。陸海空に蔓延る様々な脅威と隣合わせの地にあって、つねに警戒は怠らない。
 ゆえに外来船の検閲や検疫も、じつは厳しかったりする。
 とくに枝垂を預かるようになってからは、各国のスパイや不審な者が島に入り込まないようにいっそう目を光らせている。
 よって、船にまぎれ込んだという線も早々に消えた。

「一匹だけのようですし、どうやら群れからはぐれたのでしょう。ハチノヘはずいぶんと寂しがり屋のようですから、はやく群れに戻してやらないと死んでしまうかもしれませんね」

 ぶ厚い昆虫図鑑を片手にそう言ったのは、ナシノ女史であった。
 寂しがり屋うんぬんはインテリジョークではない。本当にそう書かれてある。それだけハチノヘは社会性の高い生き物だということ。集団に帰属することで心身の安寧を確保しているのだ。
 だが、それだけではなかった。
 図鑑のハチノヘのページにはこんなことも記載されてある。

『なお仲間意識が強いので、もしも仲間を害されたと判断すれば、群れが総出で報復するので軽率な行動はくれぐれも控えるように』

 とどのつまり、子どものケンカに親どころか親族一同を引き連れて、お礼参りにやってくるということ!
 でもって今回の場合は、こちらとしては迷子を保護したようなもの。
 しかし先方がそれを承知してくれるかどうかは、微妙なところであろう。
 下手に誤解されるよりも、すみやかに親元へ引き渡すのが一番いい。
 となれば、問題はやはりこの迷子のハチノヘがどこからやってきたのか、ということになるのだけれども……

「そのことについてなんですけど、もしかしたら外部から入ってきたのではないのかもしれません」

 そう言い出したのはエレン姫であった。
 結界が張られた城内にあらわれたものの、外部から侵入した形跡はない。
 となれば怪しいのは内部である。
 そしてこれはつい先日のことだ。
 城内は赤べこ騒動にて、揺れに揺れた。攻守ともに大暴れし、なおかつ大規模魔法やら複合魔法まで行使した。いちおう城の建屋や地下施設に影響が及ばないようにと配慮はしたものの、それでもけっこうな損害が発生した。
 修繕作業はすでにすんでいるものの、それはあくまで城に限ってのこと。

「派手に地魔法を使いましたからね。私たちが気づかぬうちに、どこかに大きな亀裂なり穴が開いていてもおかしくありません」

 はたして、エレン姫の読み通りであった。
 改めて城内をくまなく一斉総点検をかけたところ、梅苑よりほど近いところにそれっぽい亀裂がみつかった。ちょうどハチノヘが通り抜けられそうな大きさ。
 ただし、裂けていたのは石蓋にて、枯れた古井戸を塞ぐために置かれていたもの。
 とっくに埋めたつもりになって、すっかり忘れられていた枯れ井戸なのだけれども、その底を調べてみると、横穴が開いており奥からは生温かい風が流れてきていた。


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