星の勇者たち でも三十九番目だけ、なんかヘン!

月芝

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088 琥珀糖

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 いきなり横の暗がりからのびてきた手に腕を掴まれた!
 枝垂とて抵抗しなかったわけではない。
 けれども、おもいのほかにチカラが強く、かつ感触がちょっとアレだったもので「ううん?」と戸惑っているうちに、ずんずん奥へと引きずり込まれてしまう。

 誰かとおもえば、枝垂の手を引いていたのは第二初等部の女の子であった。
 見覚えがある。郊外学習のときに浜で海の大型禍獣の襲来を受けた際に、逃げ遅れていた子たちがいて枝垂が助けたのだが――たしか、大店のお嬢さまの取り巻きのうちのひとりのはず。枝垂が入院中にお礼かたがた、お見舞いに来てくれたっけか。
 そんな子が「枝垂くん、ちょっとこっち来て」との強引なお誘い。

 家と家の間、入り組んだ細い路地を右へ左へと曲がり、辿り着いたのは町中にぽつんとある小さな公園であった。遊具の類はなくて、あるのは小さな黄色い花弁をつけた金木犀みたいな木と花壇にベンチのみという、落ち着いた憩いの空間である。
 公園の入り口で掴んでいた手が離れた。
 どうやら取り巻きの子はここまでのようだ。促されるままに、枝垂は公園内へとひとり歩を進める。

 町の喧騒が遠く、緩やかな風が流れる静かな公園内――
 木陰のベンチにひとり腰かけている者がいた。
 これまた見覚えがある。大店のお嬢さまだ。家は金物問屋や小間物屋などを手広くやっており、お城にも品物を卸していたはず。
 名前をたしかイヴェット……人寄りの容姿をしたネコの獣人で、左右のおさげ髪を縦巻きにカールしたロールヘアーとリボンが印象的である。整った顔立ちにて初等部の四年生にしてはちょっと大人びており、ややツンケンした雰囲気の娘さん。ルチルの親戚でもある。

 一別以来にて、ずいぶんとごぶさた。
 にしてもイヴェットの表情が固く、なにやら緊張した面持ちである。
 枝垂は内心で小首を傾げつつ。

「やあ、ひさしぶり。元気だった?」

 現在第一初等部に在学しているとはいえ、枝垂は元高校生である。
 対してイヴェットは四年生で、まだ八歳の女の子。ひと回りほども歳が違う。だから、ここは年上であるお兄さんから優しく声をかけるのが大人の対応というものであろう。

「は、はい! あの、そのう……」

 イヴェットはモジモジしている。お嬢さまは何か言いたげであったので、枝垂はじっと待つ。
 じきに意を決した彼女が「これ、受け取ってください」と差し出したのは、綺麗にラッピングされた小箱であった。彼女が身につけているリボンと同じ柄のもので結ばれており、メッセージカードがはさまれている。
 ちょっと戸惑いつつも、枝垂は平静を装い箱を受け取った。
 で、「これは」と中身について訊ねようとしたのだけれども、その時のことである。

 ヒュウヒュウとの口笛が聞こえてきたもので、枝垂とイヴェットは「「ハッ!」」

 いけない……すっかり忘れていた。枝垂は少年探偵団に見張られての作戦行動中であったのである。
 だというのに急に姿を消したとおもったら、こんなところで女の子からプレゼントを受け取っていた。
 男子たちにとってはかっこうのネタにて、これをひやかさずに何をひやかすというのか。
 でもって、そんな場面を男子たちに見られてしまったイヴェットは、たちまち顔を真っ赤にして「きゃーっ」と逃げ出した。取り巻きの子が慌ててあとを追いかけていく。
 枝垂に出来たのは「ありがとう」と遠ざかる背に声をかけることぐらいであった。

 大山鳴動して鼠一匹。
 いや、乙女にとっては一大事であるのには違いあるまい。
 ここのところ枝垂にまとわりついていた視線は、第二初等部の女子生徒たちのものであったらしい。
 危ないところを助けられて以来、どうやらお嬢さまは枝垂に淡い恋心を抱いているようで、どうにかしてプレゼントを直接渡す機会を伺っていた模様。
 ちなみに貰った箱の中身は手作りのお菓子にて、寒天に砂糖や水あめを加え煮溶かして固め、乾燥させたゼリー状の菓子である琥珀糖であった。
 キラキラしており、まるで宝石のようなお菓子は表面はしゃりっと、中はくにゅっとした独特の歯ごたえにて、酸味のある果汁が入っておりちょっと甘酸っぱい味付けであった。
 なお添えられてあったメッセージカードには『応援しています。がんばってください』と書かれてあった。

 翌日の教室。
 一連のことを枝垂の口から聞いたルチルは「あー、やっぱりねえ。おおかたそんなことだろうと思った」と苦笑い。
 ルチルとイヴェットは従姉妹だから、ちょいちょい顔を合わす機会もある。だから、彼女の想いにはとっくに気がついていた。
 ならばルチルに枝垂との仲を取り持ってもらえば、話はずっともっとはやかったのに、素直にそれが頼めないのがイヴェットというお嬢さまなのである。
 でもって、これ以降、枝垂がナゾの視線に煩わされることもなくなったのだけれども……

  ☆

 枝垂は知らなかった。
 この小さな恋のから騒ぎの裏で、島からひとりの男が姿を消していたことを。
 それは駄菓子屋の店主である。
 じつはこの男、反勇者派の思想に傾倒する信奉者にて、密かに枝垂の動向を探っていたのである。さりげなく子どもたちに働きかけては、星クズの勇者の情報を得たり、自分の店に連れてくるように仕向けていた。
 どうやら商品の仕入れに本土へと何度も赴いているうちに、反勇者派の者と接触し思想に染まったらしい。
 けれども、男の行動は王城側に筒抜けであった。
 平和なコウケイ国にも諜報活動を専門とする部隊が存在している。こちらは代々受け継がれてきた生粋の暗部にて、素人のにわか諜報員とは比べものにならない。
 ゆえに駄菓子屋の店主の不審な行動にはとっくに気がついており、ずっと密かに監視を続けていた。
 それがこのたび監視から処分対象となったのは、駄菓子屋の店主のもとに毒物が持ち込まれたから。
 何に使うのかなんて考えるまでもない。
 その報告を受けてロバイス王が決断を下す。

「店主には長い旅に出てもらおう。あと駄菓子屋は別の者に任せよ。閉店したら子どもらが悲しむからな」


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