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085 枝垂レポート

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 複数の連携による地魔法の大規模魔法「深淵」、地と水の複合魔法の「泥沼」の痕跡は皆無、すっかり元通りになった城内の第二訓練場――

「ちょ、ちょっと待って。速い、速いってば! もっとゆっくり、あぁーっ」

 首輪とリードをつけてのお散歩の途中、広い場所に出たとたんに興奮したのか、フセがいきなり走り出す。
 これに引っ張られる格好となった枝垂は、懸命にフセを制御しようとするも、それは適わず。
 なにせ星クズの勇者は、初等部のケモミミ娘にひとひねりにされるほどの虚弱体質なのである。異世界生活にも順応し、いろいろ出来るようにはなってきたし、こつこつ筋トレやらロードワークに励んではいるけれども、カラダそのものはまだまだ弱っちいままである。
 比べてフセは超生物である。いまは縮んで大型犬ぐらいのサイズになっているとはいえ、そこそこ強い。
 結果……、枝垂は「ぎゃーっ!」
 まるで西部劇のワンシーンのように、ハフハフ駆けるフセに引きずり回されることになった。しかもリードが手に絡まってはずれないもので、土煙をあげてはズルズルズルとされるがまま。
 見かねて飛梅さんが止めようとするも、これをフセは遊んでくれていると勘違いして、いっそう訓練場を駆け回る。
 でもって、枝垂もみるみるボロボロになっていく……

 ところ変わって、第二訓練場を見下ろせる一室の窓辺から、この騒ぎを見ていたのはアリエノールである。

「なんだか大変なことになっていますけど、助けなくてよろしいのですか?」
「あぁ、かまわないよ。いつものことさ。それにあの子は弱いけど、存外打たれ強くてしぶといんでね。いざとなったらこいつもあるし」

 そう言ったのはナシノ女史で、手には淡いピンク色をした液体の入った小瓶があった。中身は枝垂の梅干しで作った上級の回復ポーションである。
 いま、この部屋にはナシノ女史とアリエノールしかいない。
 王宮医師兼鑑定士兼教育係兼王の相談役と、連合軍の監査部に所属する者が、余人を交えずふたりきりで会っている。
 理由は先日の赤べこ騒動……ではなくて、そのおりにラジール王子が宝物庫から持ち出した資料だ。

 星クズの勇者についてまとめられたレポート。
 初期版にて、書かれてあるのは枝垂の秘密のごく一部のみ。
 エレン姫が危惧した通りになってしまった。
 あの混乱のさなか、ラジール王子に隠してあったのを発見されてしまう。
 ラジール王子とアリエノールは共に連合軍に籍を置いている。しかも恋人同士にて、将来を誓い合っている間柄だ。情報が漏れるのは時間の問題であろう。
 どのみち懐柔して巻き込むつもりであったロバイス王たちは、「ならば先手を打とう」とナシノ女史を交渉役として遣わしたという次第。
 なお、ラジール王子の方はディラ王妃が説得にあたっている。

「まずは、これらに目を通しておくれ」

 ナシノ女史がテーブルの上に並べたのは星クズの勇者関連のレポートにて、ラジール王子が持ち出した初期版ではなくて、最新版である。
 言われるままに読み始めたアリエノールだが、読み進めるほどに、ページをめくる手が震えて、「そんな……なんてことなの」とつぶやかずにはいられない。

 身体能力強化の恩恵を受けておらず、七歳の獣人の女の子にすらも腕力や走力で圧倒され、言語能力にも不備があり会話は可能だが読み書きがまるでダメであった星クズの勇者。
 よくわからない「梅」の能力、カリカリ梅や梅干し召喚、それらを素材として作成されるポーションの品質および生産性の高さ、種ピストルをはじめとする飛び道具各種、自在に梅の木を生やし花を咲かせるチカラ、それを応用した秘技「乱れヤナガワシダレ」にて海の大型禍獣をあと一歩のところまで追い詰めるも死にかけた。亜空間収納「梅蔵」を発現させる。飛梅さんなる強力な木偶人形を造り出す。「ポテトチップス梅おかか味。トレーディングカード付」なる召喚に至っては、カードに描かれた品が顕現する。
 イーヤル国の対赤霧討伐戦では、起死回生の一撃を放つも、その代償として右腕が吹き飛び、半身もズタズタとなって死にかけた。手の施しようがないほどの損傷を負い、全身凍結処理するしかなかったというのに、一命をとり留めたばかりか完全復活を遂げる。
 挙句にコウケイ国に住む黄金級の禍獣であるオウランと知己となり、先の赤べこ騒動を引き起こす。

 改めて枝垂に関して起きたことを、列挙してみればどれもこれもトンデモないことばかり。
 普通であれば、とても信じられないことにて、酔っ払いの与太話と一蹴していたことであろう。
 だが、オウランから赤べこ絡みの一連のことについては、アリエノールも自分の目で確認しており、まごうことなき事実である。

「上級のポーションの大量生産が可能……。それだけでも枝垂殿の価値が跳ね上がるというのに、なんですか、このカードというのは? さすがにこれは信じがたいのですけど」
「そう言うと思って一袋持ってきてるから、自分の舌と目で確かめてちょうだい。あぁ、そのオマケのカード、ちゃんと本体を食べてからでないと絶対に開けられないから」

 ナシノ女史から差し出された小袋を受け取り、アリエノールは返すがえす眺めてからポテトチップスの袋を開ける。
 とたんに室内に、食欲を誘ういい匂いが……


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