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084 入れ子臥牛

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 文字通り、一蹴であった。
 疾風迅雷、天地を繋ぐ白き咆哮、背に叩きつけられたのはオウランの爪である。
 あれほどの頑強さを誇った巨体に大きな亀裂が走り、ぐらりと傾ぐ。そこへダメ押しにて飛梅さんの右ストレートが炸裂っ!
 赤べこはついにバキリと真っ二つに折れて、その身が砕けてしまう。
 だが、しかし――

 パカンと割れた中から、ひと回り小さい赤べこがあらわれた!

 これには一同、目が飛びださんばかりに驚いた。
 でも、すかさずオウランと飛梅さんがこれも粉砕する。
 するとまたしても、パカンとカラダが割れて、もうひと回り小さな赤べこがあらわれたではないか!!
 まさかの入り子細工、マトリョーシカ方式に一同「そんなバカな」と開いた口が塞がらない。
 さりとてここで逃がせば、またぞろ喰ってデカくなるだろう。
 ゆえにオウランと飛梅さんは、三度、打ち砕く。
 そうしたらこれで終わりではなくて、案の定であった。

 パカン、パカン、パカン、パカン……

 割り続けることじつに三十を数え、いい加減に見ていいる方も手を下す当人らも、飽きてきた頃。
 ようやく変化が訪れた。
 元の大型犬ぐらいのサイズにまで小さくなった赤べこ、口に何やらくわえている。
 後頭部をペシンと飛梅さんが叩けば、ゴトリと落ちたのは黄金色の玉――黄金級の禍獣の輝石であった。オウランが枝垂に梅林造園の礼として与えたもの。
 でもバスケットボールほどもあったのが、ハンドボールぐらいに小さくなっていた。
 そしてこれを放したとたんに、赤べこは急に大人しくなった。

  ☆

 へっ、へっ、へっ。

 息を吐きながら首を上下させては短い尻尾を振る姿は、まんまイヌのそれである。
 こうなると可愛らしいもので、さきほどまでのふてぶてしさ、憎々しさがウソのようだ。
 どうやらあの輝石のせいで暴走していたっぽい。

「ふむ、もう大丈夫のようだが、どうする枝垂? ひとおもいに潰してしまうか」
「いや、オウランさま、さすがにそれはちょっと……」

 妙ちきりんな風貌とはいえ、新たな命には違いない。
 いかに造物主とはいえそれを自分の都合で、摘み取るのはいかがなものか。
 枝垂がちらりとロバイス王の顔色を伺えば、王様は口をへの字に結んだままでそっぽを向いた。隣のディラ王妃は苦笑いで肩をすくめている。
 ジャニスはすでに騒動の片付けの差配を始めており、エレン姫とナシノ女史は赤べこの抜け殻の方に興味津々の様子。アラバン医師は怪我人たちの手当に奔走し、マヌカ先生は教室に残してきた子どもたちの様子を見に行った。
 でもってアリエノールは魔力切れでへばっており、調査団の面々はそろってへたり込み「もうやだ、この国」「コウケイ国の連中がヤバすぎる」「辺境怖い」「とんだ人外魔境だよ」などとブツブツ。
 そこへ遅ればせながら駆けつけたラジール王子が、宝物庫から拝借してきた魔剣を手に「敵はどこだ!」とキョロキョロ、道化を演じている。

 もう戦いは終わった。幸いなことに人的被害も出なかったことだし、あんな高密度のエネルギー体を飲み込めば誰だっておかしくなって暴れるよね。
 ……みたいな雰囲気にて。
 ばかりか散々に苦戦させられた当の衛士らが、「ったく、もう暴れんなよ」「手間かけさせやがって、しょうがないやつだな」などと言いながら赤べこの頭や背をペチペチ撫でては、片付け作業へと赴いていくではないか。
 これでプチっと殺ったら、こっちが鬼畜外道扱いされることであろう。

「えー、こほん。まぁ、そういうわけだから、こいつの世話は枝垂がきちんとみるように」

 と、ロバイス王。
 経緯はどうあれ枝垂の「梅蔵」が産み出したのだから、枝垂が親みたいなもの。
 親ならば責任を持って子どもの面倒をみるべし。
 みたいな感じだけど、これって丸投げされたのかしらん?
 とにもかくにも枝垂に新たな仲間が増えた。
 そしてペットは家族である。
 ならばいつまでも「赤べこ」呼びも他人行儀なので、枝垂は「フセ」と名づけた。
 ちなみに名前の由来は、梅と縁が深い天神さんの境内に奉納されている臥牛像である。


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