76 / 242
076 大壺
しおりを挟む歓迎の宴、舞踏会のさなか、天狼の介入により星クズの勇者の失踪事件が起きたせいで、初っ端から慌ただしくなった感のある、ラジール王子の帰還および調査団の滞在。このままズルズルなし崩し的に日数を消化するのかとおもいきや、そうはならなかった。
枝垂はちょっと舐めていた。
大人たちの社会性と心身に染み込んだ勤労意欲と社畜魂、それから切り替えの早さを。
大人たちは動揺を隠しつつ、日常の業務を淡々とこなす。
卒倒した王様たちも、翌朝には普通に目を覚まし、ケロリとして公務につく。どうやらひと眠りしている間に、心の折り合いをつけたようだ。「あれはあれ、これはこれ」といった感じで。
しかしそんなタフな大人たちに支えられているからこそ、この社会はつつがなく回り続けていられるのだ。感謝せねばなるまい。
でもって学生の本分は勉学である。
だから枝垂はいつも通りに初等部の授業を受けていたのだけれども……
「うぅ、落ち着かない。まるで授業参観みたいだよ」
枝垂の集中をさまたげていたのは「辺境での勇者の暮らしぶりを観察する」との名目にて、教室にまで押しかけてきたアリエノールである。監査部の人間もまた仕事熱心であった。オウランよりいろいろ言われたらしいけど、彼女はいまだに自分がどうするか決めかねているよう。とりあえずコウケイ国のみなが守ろうとしている枝垂を、己の目で見極めようとしているらしい。
王様より「監査部の人間と枝垂との不用意な接触は控えるように」と命じられているマヌカ先生は、「授業風景を拝見したい」との申し出をやんわりお断りしようとしたのだけれども「今後、あらわれるかもしれない星クズ判定の者たちのためにも、是非、参考にさせて欲しい」と言われては断りきれなかった。
さすがは監査部の人間である。わずかな隙あらば、グイグイきて遠慮がない。
落ち着かないのは枝垂のみではなくて、クラスメイトたちも同じ。
なにせアリエノールはラジール王子のいい人にて未来の王妃候補、連合軍のエリート、軍服姿も凛々しい美人で、背筋をのばしブーツのカカトを鳴らし歩く姿もかっこよく、スマートで洗練された都会の女、さらにはムクラン帝国のお姫様でもあるのだから。
ソワソワ要素がこれでもかと、てんこ盛りである。
そんなアリエノールは授業のさまたげにならない程度に教室内を動いては、さりげなくシモンやルチルらに声をかけて相手をドギマギさせつつ「ねえ、枝垂くんってばどんな感じ?」なんぞと情報収集をするから、油断も隙もありゃしない。
この第一初等部の生徒たちは、みな城内に務める親御さんを持つご子息ご息女であるがゆえに、親経由にて上から「外部の者にベラベラと星クズの勇者について話さないように」との通達を受けて入る。
とはいえ、所詮は子どもである。
長い銀髪さらさら、青い目をした年上の綺麗なお姉さんから話しかけられたら、ひとたまりもなかろう。
「エレン姫さまによれば、懐柔の方向に大きく舵を切るって話だけど、上手くいけばいいんだけどなぁ」
ラジール王子はいい人なんだけどちょっとアレなもので、この手のことではいまひとつ頼りにならない。
コウケイ国としては、中央の事情や情報に明るい味方は是が非でも欲しいところである。
枝垂がそんなことをつらつら考えつつ、文字の書き取りに精を出していたら、急に身の内がもぞもぞとムズかゆくなってきたもので「なんだ?」
それは枝垂のみではなくて飛梅さんも同じであった。木偶人形が頭の梅の簪を揺らしながら、身をよじっている。
この感覚を何に例えたらいいだろうか。
寝ているときに、急にそわそわしだして落ち着かなくなって、じっとしていられなくなってしまうようなとでも言おうか。
ソワソワがぞわぞわに変わり、カラダを内側からくすぐられる。
それがみるみる大きくなって、たちまち全身に及んだもので、枝垂は耐えきれずに立ち上がって、「かはっ」と呼気を吐き出す。
はずみで椅子がガタンと倒れたもので、みんなの視線が枝垂に集まり、マヌカ先生が「どうしました? 枝垂くん」と慌てて駆け寄ろうとしたところで……
ポンっ!
何もないところから、突如としてあらわれたのは大きな壺である。
蓋付きのモノで三十リットル――枝垂の梅壺にて亜空間収納「梅蔵」で保管されてあるうちのひとつ。
それが勝手に飛び出してきたとおもったら、カタカタ震えているではないか!
飛梅さんにまで異変が生じていたのは、枝垂と「梅蔵」を共有しているから。
吐き出した? ことにより体内の不快感は消えてスッキリ!
だけど、かつてない事態に枝垂も困惑を隠せない。
そんな場面を目撃することになった教室内の一同もあんぐり。
しかしながら、壺の表面にぴしりと亀裂が入ったのを目にしたとたんに、みんなは一斉にズザザと後退っては壺から距離をとった。
震える壺が割れる。
それすなわち、中から得体の知れない何かが飛び出そうとしていたからである。
1
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~
厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない!
☆第4回次世代ファンタジーカップ
142位でした。ありがとう御座いました。
★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。
魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
唯緒シズサ
ファンタジー
「年をとったほうは殺せ」
女子高生と共に異世界に召喚された宇田麗良は「瘴気に侵される大地を癒す聖女についてきた邪魔な人間」として召喚主から殺されそうになる。
逃げる途中で瀕死の重傷を負ったレイラを助けたのは無表情で冷酷無慈悲な魔王だった。
レイラは魔王から自分の方に聖女の力がそなわっていることを教えられる。
聖女の力を魔王に貸し、瘴気の穴を浄化することを条件に元の世界に戻してもらう約束を交わす。
魔王ははっきりと言わないが、瘴気の穴をあけてまわっているのは魔女で、魔王と何か関係があるようだった。
ある日、瘴気と激務で疲れのたまっている魔王を「聖女の癒しの力」と「アロママッサージ」で癒す。
魔王はレイラの「アロママッサージ」の気持ちよさを非常に気に入り、毎夜、催促するように。
魔王の部下には毎夜、ベッドで「聖女が魔王を気持ちよくさせている」という噂も広がっているようで……魔王のお気に入りになっていくレイラは、元の世界に帰れるのか?
アロママッサージが得意な異世界から来た聖女と、マッサージで気持ちよくなっていく魔王の「健全な」恋愛物語です。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる