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071 生尻尾
しおりを挟む枝垂は油汗たらたらで困っている。
それはもう、とてもとても困っている。
なぜなら梅林を造園したことにオウランが感激し、「何か礼をせねばな。う~ん、おぉ、そうだ! だったらコレをやろう」と言うなり、ぶちり。
いきなり自分の三本あるうちの尻尾の一本を、無造作に根元から喰い千切っては、ずいと差し出してきたのである。
「ずっと物欲しげに眺めていたであろう? ならばくれてやろう。毛皮に使うもよし、焼いて食うもよし。あぁ、気にせんでもいいぞ。しばらくしたら、また新しいのが生えてくるから遠慮するな」
……ちがうんです。
オウランさま、そうじゃない、そうじゃないんです。
たんに「ふさふさモフモフしていて、触ったらとっても気持ちよさそう」とか考えていただけのこと。
だから、ちょこっと撫でさせてくれたら、それで枝垂は大満足であった。
なのに、千切ってしまったら元も子もありゃしない。
いや、黄金級の禍獣の素材だから、その価値は計り知れないけれども、そうじゃない!
ネコ好きがネコの尻尾を千切ったモノを喜ぶか?
イヌ好きがイヌの尻尾を千切ったモノを喜ぶか?
千切ってもなおビクンビクンしている生尻尾を貰って喜ぶか?
断じて、否!
んなわけ、あるかいっ!!
と、枝垂は声を大にして叫びたい。
でも相手はとってもえらい神獣である。心のままに本心をぶちまけるわけにもいかず、枝垂は「うぅぅぅ」と口をへの字にしては、顎に梅干しをこさえるばかり。
すると、それをまたもやオウランは勘違いをした。
てっきり褒美が不服だと考えたらしく、何をおもったのか、こんどは「げえげえ」と激しくえづいては、ゴボリと何かを吐き出す。
ゴトリと音がして、床に転がったのは大きな石の塊、バスケットボールほどもある――黄金色の輝石。
輝石は禍獣が体内に宿すものにて、もともとあった魔力を司る器官が変異したものといわれているが、これが魔道具の動力源に使えるので、青銅級の輝石でもわりといい値で取引されている。
なお強い禍獣から獲れる輝石ほど有用性が高く価値も上がるが、それだけ討伐難易度も跳ね上がる。
でもってオウランは黄金級の最上位であるからして、その価値は大国の国宝級に匹敵するであろう。星骸から採れる星珠と同等か、あるいは……といったシロモノ。
そんなシロモノを、まるでネコが毛玉を吐き出すかのごとく、カーッ、ペッペッ。
「なっ! ちょ、ちょっと何してんの、オウランさま! そんな大事なモノ、吐き出しちゃったりして大丈夫なの? 死ぬんじゃないの?」
禍獣にとって輝石は第二の心臓だと授業で習っている。
慌てふためく枝垂と飛梅さんだが、当の天狼はケロッとしたものにて。
「あー、こんなもん、しばらくしたらまた勝手に凝り固まるから問題ない。ほれ、あれと同じだ。おしっこの石みたいなもんよ」
天狼オウラン、大国がこぞって目の色を変えるであろう、垂涎の大輝石を尿路結石扱い。
いまここに明らかとなった、黄金級の禍獣にまつわる真実の数々……
ナシノ女史をはじめとして、えらい学者たちが知ったらみんな卒倒しそうなことばかりである。もしも中央の学会に発表したら、さぞやセンセーショナルを巻き起こすだろう。けど、あまりにも突飛すぎて信じてもらえずに、嘘つき呼ばわりされて学会を追放されそうな気がする。
……っていうか、どうすんのコレ?
海の禍獣のラッコステイの輝石ですら持て余して、現在国の宝物庫の奥に突っ込んであるというのに――
さすがは悠久の刻の中を生きているだけあって、オウランってば外界との価値観やら常識の乖離が半端ない!
枝垂は嘆息にて、さりげない仕草にてそっと問題の二品を脇へとよけつつ、話題を変えることにした。
「お礼でしたら、飛梅さんのことについて教えて下さい。オウランさまは何かご存知なのでしょう。それに梅のことも……。
こちらの世界には存在しない花だと教わっていました。でもオウランさまの話では、かつてはギガラニカにもあったみたいですし。その辺のことを是非とも」
「なんじゃい、そんなことでいいのか? なんと欲のない。まぁ、いいだろう。そんなに知りたいのならば教えてやろう。あれはそう、もう五千年ほども前のことであったか――」
天狼の口から語られるのは、かつて大陸の中央に栄えていたひとつの国の滅亡にまつわる話にて、そこには飛梅さんのルーツが含まれていた。
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