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070 火種

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 枝垂が天狼オウランの家に招かれ、その庭先で四苦八苦していた頃。
 王城ではけっこうな騒ぎになっていた。
 なにせ舞踏会のさなかに、いきなり星クズの勇者が姿を消したのだ。
 はじめのうちはジャニスやエレン姫たちのみで、こっそり対処しようするも、そうも言ってはいられなくなった。
 突如として腕輪に内蔵されている発信機の反応が、プツンと途切れたのだ。
 反応からしてオウラン山へと向かったのは間違いない。けれどもそこで何かが起こったのだ。飛梅さんがついているから大丈夫……と思いたいところだが、そう楽観視もしていられない。
 なぜなら状況からして、枝垂が姿を消したのはテラスにて、飛梅さんがすぐ側にいたはずなのだから。
 その状態でさえ阻止できぬほどの、何かが起きた。もしくは何かがあらわれた?

 となれば、もはや一刻の猶予もない。
 枝垂と飛梅さんが消えたことはロバイス王やディラ王妃にも報告され、ただちに捜索隊が派遣されることに決まった。
 そこでジャニスはすぐに動ける旗下の者らを二十名選抜する。
 みなイーヤル国に共に遠征した者たちにて、全員が枝垂由来の装備に身を包んでいる精鋭たち。
 数を揃えている時間も、集団でぞろぞろ動いている余裕もない。
 さいわいなことにオウラン山近郊は、あまり危険な動物は生息しておらず、昔から禍獣が発生したという話も聞かぬ。またあそこはハゲ山にて見晴らしもいいから、ひといきに駆けて行ける。
 だからジャニスは特に足に自信のあるメンバーを招集した。
 これにエレン姫も加わり、ただちにオウラン山へと向かう。

 けれども、いざ出発という段階になって「自分たちも行く」と言い出したのが、ラジール王子とアリエノールである。
 極力バレないように捜索隊の準備を整えていたのだが、急に城内がざわついたことを目敏く見つけられてしまったらしい。
 しかしラジール王子や彼の側近はともかくとして、調査団の余所者を連れていては進軍速度が大幅に遅れる。
 だからそのことと安全面での不安を理由に、ロバイス王は彼らの参加を拒もうとしたのだけれども……

「先のイーヤル国での対赤霧戦において、星の勇者がひとり亡くなっています。
 表立ってこそはいませんが、このことは他の同期の方々にかなりの動揺を与えました。いまのところはまだ大半の国は静観を決め込んでいますが、中央の五ヶ国の一部では問題視している者もいて、『やはり辺境には預けていられない。中央に勇者を戻すべきだ』との声がじりじり高まっています。
 そんなところに、たとえ星クズ判定を受けた身とはいえ、ふたり目が出ればきっと槍玉にあげられます。三十九ヶ国を巻き込む大事になりかねません。ですので、すみやかな事態の収束が必要なのです。どうか協力させて下さい」

 アリエノールの言ってることは正しい。火種はすでに放たれ、燻っている。
 もしもいま枝垂の身に何かあれば、次の連合評議会の場はさぞや紛糾することになるであろう。
 それにいまは、こうして議論を重ねている時間すらもが惜しい。
 そこでロバイス王は「わかった」とうなづくも「ただし、指揮はエレンとジャニスに任せる。ついていけない者は容赦なく置いていく。それからラジールも知っているだろうが、あの山の一帯はいわくのある地なのでな。ゆめゆめ軽率な行動は慎むように」

 かくして総勢で四十名ばかりの集団となった捜索隊は、城を出立したものの、案の定というべきか……
 慣れぬ土地と夜間のこと、しかも酒が入っていたこともあり、ぽろぽろと脱落する者が出始めたが、それらはすべて調査団のメンバーであった。
 しかし意外にも、アリエノールはしっかりとジャニスたちの足について来ていた。
 コウケイ国は小さいながらも山あり谷ありの島国にて、便利な乗り物とかはなく、移動はもっぱら自分の脚頼み。そんな環境で育った島民にとってはただの道も、島外の者にとってはろくに整えられていないけっこうな険路である。
 いかに連合軍で鍛えられた軍人とて、装備一式を背負っての行軍となれば、かなりキツイ……だというのに、大国の姫君は弱音のひとつも吐かず、懸命に足を動かしている。

 これにはジャニスとエレン姫も感心するも、ラジール王子の「どうだ? 俺の嫁はすごいだろう」というドヤ顔がちょっとムカつく。
 そんなラジール王子だが、ともに駆ける恋人を気遣いつつも、ちらちら気にしていたのはジャニスたちの装備である。
 一見すると地味な黒揃えではあるが、見る者が見ればすぐにわかる上質な魔鋼製の品だ。
 魔鋼は魔素をふんだんに含んだ特殊な鋼材にて、これを用いて名工が鍛えた武具や防具は、装着者の魔力を高めたり、魔法の威力をあげたりする効果が得られるという優れ物の素材であるが、その分だけ精錬が難しく、とっても高価。
 そんなシロモノが、それもとびきり上質なモノがふんだんに使われている。
 中央でもめったにお目にかかれないような逸品にて、コウケイ国の面々がみな武装していることが、ラジール王子はどうにも気になってしょうがない。
 するとその物欲しげな視線にとっくに気がついていたエレン姫が、兄にこそっと言った。

「もしもこちらの味方になるのでしたら、武具防具一式、婚約祝いとしてお二人分、特注で造ってあげてもいいですよ」

 なにせ星クズの勇者のすることである。
 どうせ今回の件も、斜め上のトンデモない展開を見せるのに違いない。
 これまでの経験からそう学んでいるエレン姫は、枝垂の身を心配しつつ、平行して自分に出来ることを押し進める腹積もり。
 いい機会なので、まずは兄を籠絡し、イモ蔓式に兄嫁もこちらの陣営に引きずり込む所存であった。


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