70 / 242
070 火種
しおりを挟む枝垂が天狼オウランの家に招かれ、その庭先で四苦八苦していた頃。
王城ではけっこうな騒ぎになっていた。
なにせ舞踏会のさなかに、いきなり星クズの勇者が姿を消したのだ。
はじめのうちはジャニスやエレン姫たちのみで、こっそり対処しようするも、そうも言ってはいられなくなった。
突如として腕輪に内蔵されている発信機の反応が、プツンと途切れたのだ。
反応からしてオウラン山へと向かったのは間違いない。けれどもそこで何かが起こったのだ。飛梅さんがついているから大丈夫……と思いたいところだが、そう楽観視もしていられない。
なぜなら状況からして、枝垂が姿を消したのはテラスにて、飛梅さんがすぐ側にいたはずなのだから。
その状態でさえ阻止できぬほどの、何かが起きた。もしくは何かがあらわれた?
となれば、もはや一刻の猶予もない。
枝垂と飛梅さんが消えたことはロバイス王やディラ王妃にも報告され、ただちに捜索隊が派遣されることに決まった。
そこでジャニスはすぐに動ける旗下の者らを二十名選抜する。
みなイーヤル国に共に遠征した者たちにて、全員が枝垂由来の装備に身を包んでいる精鋭たち。
数を揃えている時間も、集団でぞろぞろ動いている余裕もない。
さいわいなことにオウラン山近郊は、あまり危険な動物は生息しておらず、昔から禍獣が発生したという話も聞かぬ。またあそこはハゲ山にて見晴らしもいいから、ひといきに駆けて行ける。
だからジャニスは特に足に自信のあるメンバーを招集した。
これにエレン姫も加わり、ただちにオウラン山へと向かう。
けれども、いざ出発という段階になって「自分たちも行く」と言い出したのが、ラジール王子とアリエノールである。
極力バレないように捜索隊の準備を整えていたのだが、急に城内がざわついたことを目敏く見つけられてしまったらしい。
しかしラジール王子や彼の側近はともかくとして、調査団の余所者を連れていては進軍速度が大幅に遅れる。
だからそのことと安全面での不安を理由に、ロバイス王は彼らの参加を拒もうとしたのだけれども……
「先のイーヤル国での対赤霧戦において、星の勇者がひとり亡くなっています。
表立ってこそはいませんが、このことは他の同期の方々にかなりの動揺を与えました。いまのところはまだ大半の国は静観を決め込んでいますが、中央の五ヶ国の一部では問題視している者もいて、『やはり辺境には預けていられない。中央に勇者を戻すべきだ』との声がじりじり高まっています。
そんなところに、たとえ星クズ判定を受けた身とはいえ、ふたり目が出ればきっと槍玉にあげられます。三十九ヶ国を巻き込む大事になりかねません。ですので、すみやかな事態の収束が必要なのです。どうか協力させて下さい」
アリエノールの言ってることは正しい。火種はすでに放たれ、燻っている。
もしもいま枝垂の身に何かあれば、次の連合評議会の場はさぞや紛糾することになるであろう。
それにいまは、こうして議論を重ねている時間すらもが惜しい。
そこでロバイス王は「わかった」とうなづくも「ただし、指揮はエレンとジャニスに任せる。ついていけない者は容赦なく置いていく。それからラジールも知っているだろうが、あの山の一帯はいわくのある地なのでな。ゆめゆめ軽率な行動は慎むように」
かくして総勢で四十名ばかりの集団となった捜索隊は、城を出立したものの、案の定というべきか……
慣れぬ土地と夜間のこと、しかも酒が入っていたこともあり、ぽろぽろと脱落する者が出始めたが、それらはすべて調査団のメンバーであった。
しかし意外にも、アリエノールはしっかりとジャニスたちの足について来ていた。
コウケイ国は小さいながらも山あり谷ありの島国にて、便利な乗り物とかはなく、移動はもっぱら自分の脚頼み。そんな環境で育った島民にとってはただの道も、島外の者にとってはろくに整えられていないけっこうな険路である。
いかに連合軍で鍛えられた軍人とて、装備一式を背負っての行軍となれば、かなりキツイ……だというのに、大国の姫君は弱音のひとつも吐かず、懸命に足を動かしている。
これにはジャニスとエレン姫も感心するも、ラジール王子の「どうだ? 俺の嫁はすごいだろう」というドヤ顔がちょっとムカつく。
そんなラジール王子だが、ともに駆ける恋人を気遣いつつも、ちらちら気にしていたのはジャニスたちの装備である。
一見すると地味な黒揃えではあるが、見る者が見ればすぐにわかる上質な魔鋼製の品だ。
魔鋼は魔素をふんだんに含んだ特殊な鋼材にて、これを用いて名工が鍛えた武具や防具は、装着者の魔力を高めたり、魔法の威力をあげたりする効果が得られるという優れ物の素材であるが、その分だけ精錬が難しく、とっても高価。
そんなシロモノが、それもとびきり上質なモノがふんだんに使われている。
中央でもめったにお目にかかれないような逸品にて、コウケイ国の面々がみな武装していることが、ラジール王子はどうにも気になってしょうがない。
するとその物欲しげな視線にとっくに気がついていたエレン姫が、兄にこそっと言った。
「もしもこちらの味方になるのでしたら、武具防具一式、婚約祝いとしてお二人分、特注で造ってあげてもいいですよ」
なにせ星クズの勇者のすることである。
どうせ今回の件も、斜め上のトンデモない展開を見せるのに違いない。
これまでの経験からそう学んでいるエレン姫は、枝垂の身を心配しつつ、平行して自分に出来ることを押し進める腹積もり。
いい機会なので、まずは兄を籠絡し、イモ蔓式に兄嫁もこちらの陣営に引きずり込む所存であった。
1
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー
紫電のチュウニー
ファンタジー
第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)
転生前も、転生後も 俺は不幸だった。
生まれる前は弱視。
生まれ変わり後は盲目。
そんな人生をメルザは救ってくれた。
あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。
あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。
苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。
オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが
米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。
その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。
更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。
果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!?
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる