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068 失楽園の欠片
しおりを挟む澄み渡る青い空、眩しいけれども陽射しは柔らかい。
多彩な種類の花々が、色とりどりに咲き誇っている。小鳥たちが囀り、蝶が舞い、緩やかな風が吹くたびに、甘い香りや柑橘系の香り、スパイシーな香り、爽やかな香りなどの芳香が漂ってきては鼻孔をくすぐる。
オウラン山の一帯に漂っていた、どこか立ち入りがたい、寒々として凛と張り詰めたような空気とは真逆の、うららかな世界……
天狼オウランに招かれた異空間は、まるで常世の春のような場所であった。
だというのにオウランはここを「しょせんは失われた楽園の欠片じゃよ」と遠い目を浮かべた。
枝垂と飛梅さんは、オウランに連れられてなだらかな斜面を登っていく。
この地は小高い丘になっているようで、向かっているのはその天辺だ。
先を歩く白狼の三本の尾が、ゆらりゆらり。
ふさふさのモフモフ、つい触りたくなるのを枝垂はぐっと堪える。
にしてもキツネとかネコの尻尾が増えるという話ならば記憶にあるが、オオカミとなるとまるで聞いたことがない。
まぁ、ここには獣人がいて、魔法があり、禍獣というモンスターがそこいらを闊歩しては、果てがあるような世界なので、いまさら人語を解する三本尾の大きなオオカミがいたところで、なんら不思議ではないのだけれども。
なんぞということを枝垂がつらつら考えているうちに、はや丘の上に到着する。
そこには一軒の奇妙な家が建っていた。
木造の正八角形の平屋にて、壁の類は一切なく、床は板間、家の中も外も向こう側までもが丸見え、いかにも風通しが良さそう。南国風の解放的な建物だ。
玄関というものがなく、どこからでも出入り自由となっているらしく、オウランはさっさと家にあがって奥へと向かう。
この様式にちょっと戸惑いつつも、枝垂と飛梅さんは縁側で靴を脱ぎ、きちんと並べてから、「おじゃましま~す」
家の中央あたりの床だけが、すこし禿げて色味が変わっていた。
おそらくはそこでオウランが寝起きを続けているので、自然とそうなったのであろう場所、彼の特等席だ。
どっかと横に座るオウラン、尻尾にてテシテシと床を打つ仕草にて、客人らにも適当に座れと促すも、枝垂はそれどころではない。
星クズの勇者は家の中から見える外の景色に、すっかり心を奪われていた。
禅寺には四角い「迷いの窓」や丸い「悟りの窓」というのがある。
窓を通して四季折々の変化をみせる庭を楽しむためのもの。同じ景色とて、見る者の心情や観方次第で異なる表情をみせる。光にも闇にも、美しくも醜くも、世界はガラリと様変わりをするそうな。
柱と柱の空間を額に見立てて庭が鑑賞できるようになっている「額縁庭園」などもある。
建物越しに観ることで、あえて枠を設けることで世界を切り取る。これにより景色はまた違った赴きを持ち、見る者に深い感銘を与える。
オウランが意図してこの家を建てたのかはわからない。
でも常世の春、あるいは失楽園の欠片には、この平屋こそがふさわしいと枝垂は心の底から思わずにはいられない。
だがしかし――
「あれ? どうしてあそこだけが……」
八つの美景のうち、一ヶ所にだけ枝垂は違和感を覚えた。
他とは変わらぬ絶景ながらも、何かがおかしい。
その原因を探るべく視線を動かし、そしてじきに行き当たる。
一画だけ色を失っていた。
枝に葉の一枚も残っていない枯れ木の群れにて、地肌もあらわとなっている。
なまじ周囲の植生が豊かゆえに、かえって目立つ。まるで肌に浮かぶ染みのようだ。
いったん存在を認知してしまったら、もうダメであった。妙に気になってしまい、目が勝手にそれを追う。水面の波紋のように心がざわつく。そのせいでせっかくの景色を心の底から楽しめない。
枝垂が枯れ木の林をじっとにらんでいたら、いつのまやら隣にオウランがきていた。
「ふむ、じつはお主をここに招いた理由はアレじゃよ。もはや手に入らぬ植物ゆえに諦めていたのだが、まさかふたたび目にすることが適おうとはおもわなんだ」
☆
ずっと自分の家に引きこもっているのもなんなので、たまには外界に出て、おもうさまに天を駆けようかと思い立つオウランであったが、たまさか城の近くを通りかかったときのことであった。
鼻先をかすめた馥郁(ふくいく)たる甘い香り。
これにオウランはとても驚いた!
それは遥か大古の時代に失われて、二度とは嗅ぐことが適わぬと諦めていた、あの花の薫りであったからだ。
「ま、まさかっ!」
匂いに誘われるままにオウランが降り立ったのは、城内の庭園である。
見目麗しく艶やか、繚乱の梅林を前にして、オウランは心底たまげて我が目を疑ったものである。
それこそが、いまは荒野と呼ばれる大陸の中心部にて、かつて栄えていた国を象徴する花であったからだ。
最初に災い星が降ってきたことにより滅んだ国家にて、もっとも多く咲き誇り愛された国花……
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