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065 生物濃縮
しおりを挟む舞踏会という慣れぬ華やかな世界。
お酒を飲んでいないというのに、頬が紅潮してカラダが火照る。
場の雰囲気にいささか当てられたのかもしれない。
「少し外の空気が吸いたい」
ちょうど部下から報告を受けていたジャニスに告げてから、枝垂は飛梅さんを連れて、会場に面したテラスへと出たのだけれども――
「あれ?」
気がついたら王城が眼下にあって、ずんずん遠ざかっていく。
自分が空を飛んでいるらしいと気がついたときには、もはや会場の明かりが米粒みたいになっていた。
己の状況を確認してみると、襟をくわえられて宙ぶらりん。
いったい何者の仕業であろうかと、恐る恐る目を向けてみたら、そこには大きな獣がいた。
月明かりを受けて淡く輝くのは白い毛のオオカミ。
金色の瞳をしており、ふさふさの尻尾が三本ある。
それが翼もないのに夜空をシュタタタと駆けている。
しかもその速いこと速いこと。
なにせ必死になって飛梅さんが追いかけてきているけれども、差は縮まるどころか広がる一方なのだもの。
(さすがに、このまま拉致されるのはマズイよね。どれ……)
枝垂はこそっと右手を構えて、種ピストルをぶっ放そうとしたのだけれども、その瞬間、金の瞳がわずかに動いて、こちらをちらり。
たったそれだけで枝垂は凍りつき戦意を喪失した。
この感覚を枝垂は知っている。
――絶望だ。
イーヤル国で戦った赤霧、残土穢たちの女王と対峙したときに味わったものと同じ……、いいや、それ以上のものを感じる。
たとえこの至近距離で、女王の洛陽水晶体を砕いたあの弾丸を放ったとしても、果たして通用するのかどうか。
そう思い知らされるほどの圧倒的な差が、越えようのない溝が、もしくは高い壁が、隔たりがある。
食物連鎖、栄養段階、生態ピラミッド……
片やそれらの頂点に君臨し、濃縮された命の輝きを持つ超常なる者。
片や末端の底辺をひぃひぃ這いずり回っている、星クズの勇者。
星骸が枝垂たちの世界の有害物質を集めた生物濃縮体ならば、この天翔ける白狼はギガラニカ世界のいいところだけを収斂(しゅうれん)して磨き上げたかのようだ。
まるで対極に位置している存在である。
はなから勝負になんぞなりはしない。
それによくよく考えてみたら、飛梅さんは警護役としてずっと枝垂の側にいた。現在は外部からのお客様も滞在しているので、いつも以上に城の内外の警戒は厳重でもあった。
だというのに枝垂の身柄は易々とさらわれてしまった。
それすなわち、あの飛梅さんですらもが対応できないほどに、この白狼がスゴイということ。
とどのつまりは、抵抗するだけ無駄である。
幸いなことに害意はないようだし、わざわざ連れ出したということは、何らかの意図があるのだろう。
それに恐らくだがこの白狼、もっと速度を出せるのにもかかわらず、本気で走ってない。
たぶんわざと足を遅らせて、飛梅さんがついて来れるようにしている。
枝垂たちをどこぞにご招待するつもりのようだ。
はてさてどこに向かっているのやら。
☆
一方その頃、王城では――
宴席に参加している者らの動向について、部下から報告を受けていたジャニスが話を終えて、テラスへと向かうもそこに枝垂たちの姿はなし。
トイレにでも行ったのかと、しばらく待つも会場に戻ってこない。
だから給仕らに「枝垂を見なかったか?」と訊ねれば、誰もが「テラスに出ていくところは見かけたが、それ以降は知らない」と答える。
もしかしたら先に部屋に引きあげたのかと、そちらを調べさせてみたが、戻った形跡がないことはすぐにわかった。
「枝垂には飛梅さんがついているから、めったなことは起こらないはず。とはいえ、いささか奇妙だな。どれ」
どうにも腑に落ちないジャニスは、エレン姫にこっそり声をかける。
枝垂がつねに装着している金の腕輪は、星の勇者用の支給品ながら、星クズの勇者仕様にエレン姫がいろいろ魔改造を施している。
シールドを張れる防衛機能の他に、このたび通信機能も内蔵し、さらには従来の発信機よりも格段に精度と範囲をあげた高性能なモノも積んである特別製だ。
だからエレン姫に調べて貰えば、枝垂の居所は立ちどころに判明する。
はずだったのだけれども……
「えっ、嘘でしょう! 枝垂の反応があるのって城内じゃなくて、島の中央よ。……これはオウラン山の方だわ。でも、いったいどうして? いつの間にそんなところに移動したの? さっきまで会場にちゃんといたわよね?」
「そのはずなんですけど……はて?」
腕輪の発信機の反応が正しければ、城内から消えた枝垂はどうやらオウラン山にいるらしい。
エレン姫とジャニスはこの事態にたいそう困惑する。
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