64 / 242
064 舞踏会にて
しおりを挟む歓迎の宴に参加するのは、ラジールやアリエノールだけではない。同行して里帰りをしてきた王子の側近連中や、調査団員などもいて、そこそこの大所帯となる。
そこで立食パーティースタイルにて宴をスタートし、ある程度食事と歓談が進んで場が温まったところで、ジャジャーンと音楽が鳴って舞踏会へと移行した。
宮廷楽師たちが奏でる天上の調べにのって、煌びやかに着飾った男女が手に手を取っては優雅に舞い踊る。
噂の舞踏会というものを目の当たりして枝垂は目をぱちくり。
現代日本に産まれ育った高校生の枝垂は、もちろんこのようなイベントに参加するのは初めてのことである。
社交ダンス?
できるわけがない。
というか、たとえできたとしても虚弱体質の星クズの勇者の身にて、一曲踊り終えた頃には医務室行きが確定しているだろう。
よって枝垂はグラス片手に壁の花に徹している。なおグラスの中身のピンク色の液体は新開発した梅炭酸ジュースである。ギガラニカでは十五から大人扱いにて、お酒も飲めるのだけれども、今回は用心して控えることにした。
枝垂の両脇には着飾った飛梅さんと、近衛士のジャニスが張り付いており、近寄ってこようとする輩にギロリとにらみを効かしている。そんなふたりはともにドレス姿ではなくて、祭礼用の甲冑に身を包んでの凛々しい御姿である。
表面上は穏やかな歓迎の宴、でもその裏ではいろんな思惑が渦巻いている。
その筆頭は監査部のアリエノールだ。ちらちらとこちらを気にしており、隙あらば話しかけたそうにしているけれども、そうはさせじとディラ妃がやたらとかまっては彼女を手元に置いて放さない。
未来の姑を邪険に扱うわけにもいかず。
グイグイ距離を詰めてくるディラ妃にアリエノールがちょっと顔を引きつらせている。
王妃様、さすがである。
一方で意気込みも虚しくダメダメであったのがエレン姫であった。
自他ともに認める才媛にて、何事にも如才のない彼女が酔っ払いに絡まれては「うんにゃあぁ」と情けない声をあげている。
周囲はこれを苦笑いにて見守っているばかり。
それもそのはず。一国の姫君に絡んでいるのは、一国の王太子であった。
とどのつまり兄から末妹に対する過剰なスキンシップである。ラジール王子は歳の離れた末妹が可愛くてしょうがないらしい。抱き着いては、やたらとワシャワシャしている。
しかし末妹の方はそんな兄をとてもウザがっている。
けっこう美丈夫のお兄さんなのだが、エレン姫にとってそんなことは関係ないようだ。
「でも、あれが世間一般での兄と妹の姿なんだよなぁ。うちはまるで逆だったけど」
枝垂は妹のことを思い出し、つい嘆息せずにはいられない。
父違いの妹は病的なブラコンであった。いろいろと倒錯しては拗らせており、貞操の危険を感じたことは一度や二度ではない。
「僕がいなくなったのを機に、心を入れ替えて真っ当に生きてくれたらいいんだけど……たぶん無理だろうなぁ。せめてその辺のフォローはきちんとして欲しかった」
勇者召喚により、突如として地球からいなくなった人々。
当然ながら個々に人生あり、繋がりありき。
いかに大局的見地からすれば不要な人材だからとて、ポコっと人が消えたらそれなりに騒ぎになる。
でもそこは世界の修正力で、あるいは神様の不思議パワーで、もとからいなかったことに……なんぞはならない。
きっちり行方不明者扱いだ。
けれども日本だけで年間八万人ぐらいもの人間が行方をくらましている。米の国なんぞでは三十六万人にも達し、毎日二千人の子どもが消えているそうな。先進国気取りですらがこの体たらく、発展途上の国々なんぞは言わずもがなであろう。
わりと存在証明やら戸籍の扱いがしっかりしている、現代社会ですらがこれである。
それ以前の時代となれば、さらに管理はゆるゆる。
だから人間がちょろちょろ消えたところで、どうせすぐにみんな忘れる。
なのにいちいち記憶操作とか、辻褄合わせなんぞはしていられないというのが、神様の言い分らしい。
そんなことを枝垂がぼんやり考えていたら、またぞろこちらに近づこうとする者があらわれた。
服装からして調査団の隊員である。けど、この調査団もまたややこしい。
ぶっちゃけスパイが混じっている。
どこのとはあえて言わないけれども、堂々と他国に乗り込める機会に、あれこれ探ろうと考える者がいるということ。それもわんさか!
ましてやイーヤル国での対赤霧戦では、チバー国の星の勇者が死亡している。
いかにまだ未熟であったとはいえ勇者の死は、大きな関心事として各国が注目している。
だというのに肝心の経緯や詳細がいまひとつぼやけておりはっきりしない。
イーヤル国の面々をはじめとしてリワルド王はのらりくらり、討伐戦に参加していたダヤ国とカララバ国の者らに訊ねても、こちらも証言があやふや。
それも無理からぬこと。なにせ前線は崩壊し、混乱の極みにあったのだから。
しかも枝垂がラストショットを放った時、まともに動ける者はほとんどいなかった。
あの場面の一部始終をしっかりと目撃していたのは、それこそジャニスぐらいであろう。
加えて中央への反感もあった。「全部が終わってからのこのこやってきて、なにをえらそうに……」という感情もあって、聞き取り調査ははかばかしくないんだと。
笑顔にて近寄ってきた男、一見すると礼儀正しい。
けれども、その細めた目の奥にある嘲りを枝垂は見逃さない。こちらを星クズの勇者と侮っているのが隠し切れていない。
やれやれ、バカにされたものである。コウケイ国のみんなはいい人揃いにて、だからこそこの手の悪意は逆に際立つのだ。
枝垂は作り笑いにて、当たり障りのない模範解答に終始する。
なんとも気のない事務的な返事にて、相手のこめかみがピクピクしてもおかまいなし。
それでもなお相手が食い下がろうしてきたところで、アバラのあたりを押さえてはわざとらしく「あ痛たたた」と古傷が痛むフリ。
秘技「自分、虚弱体質なもので」である。
これまた酷い大根芝居なのだけれども、それを面とは向かって指摘できないのが、社交の場にて。
男を撃退した枝垂にジャニスが「やるじゃないか」とウインクし、飛梅さんはカタカタ肩を震わせた。
宴はまだまだ続く……が、ここから先は酒量もぐんと増える大人の時間である。
だから枝垂はそろそろお暇しようとしたのだけれども、その矢先に事件が起きた。
星クズの勇者が会場から忽然と姿を消した!
1
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる