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064 舞踏会にて

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 歓迎の宴に参加するのは、ラジールやアリエノールだけではない。同行して里帰りをしてきた王子の側近連中や、調査団員などもいて、そこそこの大所帯となる。
 そこで立食パーティースタイルにて宴をスタートし、ある程度食事と歓談が進んで場が温まったところで、ジャジャーンと音楽が鳴って舞踏会へと移行した。

 宮廷楽師たちが奏でる天上の調べにのって、煌びやかに着飾った男女が手に手を取っては優雅に舞い踊る。
 噂の舞踏会というものを目の当たりして枝垂は目をぱちくり。
 現代日本に産まれ育った高校生の枝垂は、もちろんこのようなイベントに参加するのは初めてのことである。
 社交ダンス?
 できるわけがない。
 というか、たとえできたとしても虚弱体質の星クズの勇者の身にて、一曲踊り終えた頃には医務室行きが確定しているだろう。
 よって枝垂はグラス片手に壁の花に徹している。なおグラスの中身のピンク色の液体は新開発した梅炭酸ジュースである。ギガラニカでは十五から大人扱いにて、お酒も飲めるのだけれども、今回は用心して控えることにした。

 枝垂の両脇には着飾った飛梅さんと、近衛士のジャニスが張り付いており、近寄ってこようとする輩にギロリとにらみを効かしている。そんなふたりはともにドレス姿ではなくて、祭礼用の甲冑に身を包んでの凛々しい御姿である。

 表面上は穏やかな歓迎の宴、でもその裏ではいろんな思惑が渦巻いている。
 その筆頭は監査部のアリエノールだ。ちらちらとこちらを気にしており、隙あらば話しかけたそうにしているけれども、そうはさせじとディラ妃がやたらとかまっては彼女を手元に置いて放さない。
 未来の姑を邪険に扱うわけにもいかず。
 グイグイ距離を詰めてくるディラ妃にアリエノールがちょっと顔を引きつらせている。
 王妃様、さすがである。

 一方で意気込みも虚しくダメダメであったのがエレン姫であった。
 自他ともに認める才媛にて、何事にも如才のない彼女が酔っ払いに絡まれては「うんにゃあぁ」と情けない声をあげている。
 周囲はこれを苦笑いにて見守っているばかり。
 それもそのはず。一国の姫君に絡んでいるのは、一国の王太子であった。
 とどのつまり兄から末妹に対する過剰なスキンシップである。ラジール王子は歳の離れた末妹が可愛くてしょうがないらしい。抱き着いては、やたらとワシャワシャしている。
 しかし末妹の方はそんな兄をとてもウザがっている。
 けっこう美丈夫のお兄さんなのだが、エレン姫にとってそんなことは関係ないようだ。

「でも、あれが世間一般での兄と妹の姿なんだよなぁ。うちはまるで逆だったけど」

 枝垂は妹のことを思い出し、つい嘆息せずにはいられない。
 父違いの妹は病的なブラコンであった。いろいろと倒錯しては拗らせており、貞操の危険を感じたことは一度や二度ではない。

「僕がいなくなったのを機に、心を入れ替えて真っ当に生きてくれたらいいんだけど……たぶん無理だろうなぁ。せめてその辺のフォローはきちんとして欲しかった」

 勇者召喚により、突如として地球からいなくなった人々。
 当然ながら個々に人生あり、繋がりありき。
 いかに大局的見地からすれば不要な人材だからとて、ポコっと人が消えたらそれなりに騒ぎになる。
 でもそこは世界の修正力で、あるいは神様の不思議パワーで、もとからいなかったことに……なんぞはならない。
 きっちり行方不明者扱いだ。
 けれども日本だけで年間八万人ぐらいもの人間が行方をくらましている。米の国なんぞでは三十六万人にも達し、毎日二千人の子どもが消えているそうな。先進国気取りですらがこの体たらく、発展途上の国々なんぞは言わずもがなであろう。
 わりと存在証明やら戸籍の扱いがしっかりしている、現代社会ですらがこれである。
 それ以前の時代となれば、さらに管理はゆるゆる。
 だから人間がちょろちょろ消えたところで、どうせすぐにみんな忘れる。
 なのにいちいち記憶操作とか、辻褄合わせなんぞはしていられないというのが、神様の言い分らしい。

 そんなことを枝垂がぼんやり考えていたら、またぞろこちらに近づこうとする者があらわれた。
 服装からして調査団の隊員である。けど、この調査団もまたややこしい。
 ぶっちゃけスパイが混じっている。
 どこのとはあえて言わないけれども、堂々と他国に乗り込める機会に、あれこれ探ろうと考える者がいるということ。それもわんさか!
 ましてやイーヤル国での対赤霧戦では、チバー国の星の勇者が死亡している。
 いかにまだ未熟であったとはいえ勇者の死は、大きな関心事として各国が注目している。

 だというのに肝心の経緯や詳細がいまひとつぼやけておりはっきりしない。
 イーヤル国の面々をはじめとしてリワルド王はのらりくらり、討伐戦に参加していたダヤ国とカララバ国の者らに訊ねても、こちらも証言があやふや。
 それも無理からぬこと。なにせ前線は崩壊し、混乱の極みにあったのだから。
 しかも枝垂がラストショットを放った時、まともに動ける者はほとんどいなかった。
 あの場面の一部始終をしっかりと目撃していたのは、それこそジャニスぐらいであろう。
 加えて中央への反感もあった。「全部が終わってからのこのこやってきて、なにをえらそうに……」という感情もあって、聞き取り調査ははかばかしくないんだと。

 笑顔にて近寄ってきた男、一見すると礼儀正しい。
 けれども、その細めた目の奥にある嘲りを枝垂は見逃さない。こちらを星クズの勇者と侮っているのが隠し切れていない。
 やれやれ、バカにされたものである。コウケイ国のみんなはいい人揃いにて、だからこそこの手の悪意は逆に際立つのだ。
 枝垂は作り笑いにて、当たり障りのない模範解答に終始する。
 なんとも気のない事務的な返事にて、相手のこめかみがピクピクしてもおかまいなし。
 それでもなお相手が食い下がろうしてきたところで、アバラのあたりを押さえてはわざとらしく「あ痛たたた」と古傷が痛むフリ。
 秘技「自分、虚弱体質なもので」である。
 これまた酷い大根芝居なのだけれども、それを面とは向かって指摘できないのが、社交の場にて。

 男を撃退した枝垂にジャニスが「やるじゃないか」とウインクし、飛梅さんはカタカタ肩を震わせた。
 宴はまだまだ続く……が、ここから先は酒量もぐんと増える大人の時間である。
 だから枝垂はそろそろお暇しようとしたのだけれども、その矢先に事件が起きた。

 星クズの勇者が会場から忽然と姿を消した!


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