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057 廃墟にて

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 乾いた風が吹くたびに赤茶けた砂塵が舞う。
 かつては緑海の玄関口にして、一大物流拠点として隆盛を誇った城塞都市ヴァストポリも、いまでは外壁のみを残し、無人の廃墟と化している。
 突如としてあらわれた残土穢たちに破壊され尽くした都市内部、瓦礫の山の中を警戒しつつ慎重に進んでいたのは、ジャニス率いる一隊だ。
 対赤霧討伐戦後のことである。
 立ち尽くしたまま活動を停止した女王を横目に、同じく動かなくなった大量の残土穢たちの合間を縫いつつ、目的のものを探す。
 探し物はふたつある。

 ひとつは枝垂の起死回生の一発により、撃ち砕かれた落陽水晶体の欠片たち。
 高エネルギー体にて、欠片のひとつとっても並の輝石よりも高値がつく。半壊したとはいえかなりの大きさの残骸ならば、いったいどれほどの値がつくことか。
 かつてない規模を誇った赤霧の落陽水晶体だ。中央のオークションに出せば、さすがに星珠には及ばぬものの、それに近しい値をつけることであろう。
 世知辛い話だが、復興にはいくらお金があっても困らない。
 避難民の生活支援、犠牲になった者たちへの補償、援軍を出してくれた各国への謝礼、汚染された土壌の浄化や荒れた土地の整地作業、ゴミの分別と回収された資源の再利用などなど……

 成すべきことは山とあり、何をするにもお金がいる。
 それを補ってくれるのが女王の洛陽水晶体である。
 自分たちで活用できたら一番良かったのだが、あいにくと辺境にはそのための技術も施設もない。もしも使えたならば大きな都ふたつ分ぐらいの運営を余裕で賄えるのだが、ないものはしょうがない。宝の持ち腐れになるので、とっとと売りさばく。

「ふん、せいぜい中央の連中に高くふっかけてやるさ」

 とはリワルド王の談だ。
 多大な犠牲を払ったものの、戦は勝利に終わった。
 施政者としては、いつまでもうつむいているわけにはいかない。
 悲嘆に暮れることも、立ち止まることも許されない。
 それが王という厳しい立場であった。

 そしていまひとつの探し物なのだが――

「ジャニス隊長、いましたーっ!」

 発見の報告を受けて、ジャニスはすぐさま駆けつける。
 瓦礫に半ば埋もれていたのは飛梅さんである。
 すぐさま掘り起こしたものの、彼女は左腕を失っており、全身が裂傷や刺し傷にてボロボロにて、いくら呼びかけてもぴくりともしなかった。

「――っ! やはり枝垂殿があんな状態になったから、星のチカラが失われて彼女も……」

 まるで魂が抜けたかのよう。
 動かなくなった木偶人形を前にして、唇を噛みしめる部下をジャニスが叱責する。

「根拠のない憶測でものを言うな! まだそうと決まったわけではない。とりあえず枝垂のもとへ運ぶぞ。そっとだ。丁寧に扱えよ」

 担架を用意して、すみやかに回収作業に入る隊員たち。
 それを見届けながらジャニスが思い返していたのは、あの時の光景である。

 地上にて星が瞬き、放たれた一撃。
 枝垂の射出した巨大な種は、見事に女王の頭部を撃ち抜き、洛陽水晶体を破壊することに成功した。
 だが、それと引き換えに枝垂の右腕は木っ端みじんに吹き飛んで、右半身にも重篤な損傷を負うことになる。

 一撃を見舞ったあと……
 枝垂は立ったままで気を失っていた。
 いや、より正しくは狙いがぶれないようにと、みずから両足を瓦礫の隙間に突っ込んで倒れないようにしていたのだ。そのせいで両足は複雑骨折にて、骨の一部が皮膚を突き破って無惨にも露出していた。
 ろくに戦う術を持たず、非力にて、触れればたやすく折れるような虚弱の身にありながら、身命を賭してみんなを救ってくれた星クズの勇者――その有り様にジャニスは深く感銘を受けるとともに、忸怩たる想いをも抱かずにはいられない。
 本来ならば戦士である自分こそが、剣となり盾となって守らねばならなかったのに、その役目を満足に果たせなかったことが悔やまれる。

 枝垂はあまりの重傷ゆえに現場ではとても対応できず。全身凍結処理が施されて、すぐに都の病院へと搬送された。そちらには回復したエレン姫が付き添っている。
 一方で動けるジャニスは志願して、都市の廃墟に来ていた。枝垂のことは心配だが、自分が側にいてもしてやれることは何もない。ならば、せめていまだに還らぬ仲間を迎えに行くことにしたという次第。

「さて、ここに飛梅さんがいたということは、きっと近くにデカい欠片が落ちているはずだ。そいつを見つけて、とっとと引きあげるぞ」

 運ばれていく戦友を見送りつつ、ジャニスは号令にて回収作業を再開した。


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