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050 落陽水晶体
しおりを挟むジャニス率いる手勢が周辺の敵を蹴散らす一方で、エレン姫が調べていたのは首を刎ねられ動かなくなった残土穢の骸である。
エレン姫は骸に手の平をかざし光を照射しては、入念に内部の様子を探っている。
枝垂もそれをお手伝いする。エレン姫の指示を受けては、ナイフ片手にザクザクと残土穢の土塊の体をほじくり返す。
だが出てくるのはゴミばかり。目当ての品はいっこうに姿をあらわさない。
エレン姫が探していたのは残土穢の核となるものであった。
禍獣では輝石に相当するもの。
人や獣に心臓や魔力を司る器官があるように、禍獣には輝石があり、赤霧や星骸にも似たような働きをするものがある。
星骸の場合には星珠(せいじゅ)という七色の珠が、赤霧の場合には落陽水晶体という六角柱の形状をしたものが――
「……やはりありませんか。最悪ですね」
三体目の解剖調査を終えて、エレン姫がおおきなため息をついた。
落陽水晶体がない。
それすなわち残土穢たちが、ただの操り人形だということ。
かつて枝垂が初等部に編入したときに、歓迎会がてらクラスの皆で畑にイモ堀りへと出かけた。そこで二年生の類人のチアが、地魔法で小さなゴーレムたちを出現させては、動かすのを見せてくれたことがあった。
ようは、それと同じということである。
ダヤ国の戦闘用ゴーレムのように、魔法と錬金術により体を合成され、体内に輝石を持ち、幾重もの魔道式を組み込まれた高度なものとは違って、単純な命令に従うだけの原始的な存在――それが残土穢たちの正体であったのだ。
頭部を刎ねられたら動かなくなるのは、おそらくそこに受信器があるのだろう。
多数の働きアリを率いている女王が、べつにいる。
いくら目の前の敵を叩き潰しても意味がない。
この戦いに勝利するには、女王を見つけ出して倒す必要がある。
「となれば怪しいのは、やはりあの塔の中ですか」
周囲に群がっていた敵勢をすべて駆逐し戻ってきたジャニスが、女王のことを耳にして都市の方を睨む。
もしもあれが女王の塔だとすれば、いるのはおそらく最上階であろう。
敵陣を突っ切り、城壁を越え、塔の内部に突入して、天辺まで辿り着く。
いかにコウケイ国の精鋭部隊でも、さすがにそれは無理だ。
ならば集団による大規模魔法の行使により、塔そのものを都市ごと葬るほうがまだ現実的なのだが、いまの分断された状況がそれを許さない。
「いまのうちに交代で休息をとってください。その間に私はあの塔を調べてみます」
言うなりエレン姫が光と風の二属性魔法を発動する。
左手に光の玉が、右手に風の玉が浮かび、これを胸の前で祈るように合わせることにより頭上に出現したのは、半透明の精霊のような存在であった。
エレン姫の複合魔法により産み出された、広域探査用の疑似精霊ウィルフスである。
「お願い、塔の上の方の様子を見てきて」
命じられるなり、疑似精霊がふわりと舞い上がり飛んでいく。
たちまち戦場の上空を突っ切っては、城壁をも越えて塔の方へと消えた。
☆
錆色の巨塔、その頂上の方は赤く霞がかっており、地上からではよくわからない。
けれどもウィルフスと視覚情報を共有しているので、エレン姫には見えていた。
塹壕内では敵味方が入り乱れて、激しい抗争が続いていた。
さらにその先、城壁の向こう、都市の内部には足の踏み場もないほどの残土穢が蠢いている。それは塔の表面にも及んでいた。
敵兵力が優に万を越える? そんなものではとてもすまない! 数万……下手をしたら十万に届こうとしているではないかっ!!
こんなものが一斉に動き出せば、いかに広大なイーヤル国とて蹂躙されて焦土と化す。豊かな緑海はたちまち荒れ地となるだろう。
それを阻止するためにも、女王の居所を突き止めねばならない。
これほどの規模の群体を操る女王ならば、保有する落陽水晶体もかなりの高エネルギー体であろう。
錆色の塔へと到着したところでウィルフスは視覚情報を一時遮断し、代わりに魔素の流れのみに注視する。
とたんに見えていた景色ががらりと様変わりする。
漆黒の世界の中、淡く発光しているのは魔素たちだ。膨大な光の粒子が川の流れのように続く。支流がまるで菌類のように方々へとのびており、その先のひとつひとつが残土穢へと通じている。
この流れを遡り、より強いチカラを感じる方へとウィルフスは移動する。
流れの元はやはり塔の天辺らしいのだが……
やがて大元へと辿り着き、その光景をウィルフスの目を通じて確認したエレン姫は、驚愕のあまりおもわず目を見張って「えっ! ありえない。……嘘でしょう」と絶句した。
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