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043 イーヤル国の勇者

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 いきなり貴賓室に踏み込んできたとおもったら、「おまえ」呼ばわりをする無礼な男。
 当人の言い分を信じれば、いちおうは星の勇者なのであろう。
 だがイケオジな王様とはあまりにも対照的な人物の登場に、エレン姫たちは唖然とするばかり。

 黒岩保と名乗った男は、慌てて追いすがり退室を促す警護の兵士らの方をちらりともせず。
「ちっ」あからさまな舌打ちにて「なんだ、挨拶もまともにできんのか? これだから近頃のガキは」と悪態をつく。

 どこかで聞いたような陳腐なステレオタイプの妄言、居丈高な態度と物言い、耳障りながらがら声が、頭ごなしにぎゃんぎゃんとやかましい。
 ふむ、尊敬できない大人だ。
 枝垂はひと目で黒岩が嫌いになった。
 居合わせたコウケイ国側の全員が眉をひそめている。みんなもきっと同じ気持ちなのであろう。そしておそらくはイーヤル国側の人たちも。コレを持て余しているのが、兵士たちの表情や態度で丸わかり。

 かつて枝垂は星の勇者という存在について、あれこれ考察したことがある。
 ナシノ女史やマヌカ先生からいろいろ教わりつつ、自分でも調べてわかったのは、星の勇者という存在が必ずしも安泰ではないということ。それどころか、むしろかなり危うい立場であることを知った。
 召喚された勇者たちが宿す星のチカラは強力だ。
 ゆえに対星骸戦での活躍が期待されている。歓迎してくれる味方も多い。だが一方でその誕生した由来により、憎しみも同等近く集まっている。
 歴代の星の勇者たちの世話をしてきた中央の五ヶ国ならば、その辺のヘイトを巧く処理しているのだろうけど、今回初めて勇者を預かることになった列国はそうはいかない。
 ノウハウがないのだ。これが五ヶ国に近しい国ならば、教えを乞うこともできるのだろうが、辺境ではそれもままならぬ。
 だからこそだ。
 勇者は己が身を律せねばならない。
 それこそ自重に自重を重ねてもなお、足りぬほどに。
 自分がどれだけ細い綱の上を渡っているのか、それを理解して言動に気をつけないといけない。
 だというのに、である。

 周囲からバカにされて嫌われているのに、自分だけが気づいていない裸の王様――それが黒岩保という星の勇者であった。

 枝垂が想定する最悪の形にもっとも近い存在。
 これを敬うのは、たとえ逆立ちしても無理な話である。
 だから枝垂はかわまないことにした。ツンとお澄ましにて無視をしては、お茶をぐびりと飲んで「あー、美味しい」
 ある意味、大人の対応であろう。高校生にしては上出来な部類だ。
 だというのに当の大人の方が先にキレた。
 あろうことか黒岩は感情の赴くままに六芒星の刻印を持つ左腕を枝垂へとかざし、星のチカラを放とうとしたのである。

 刹那、動くふたつの人影――
 ジャニスと飛梅さんであった。さすがにこの暴挙は見過ごせない。

 鞘ごと剣を叩きつけられ、黒岩の左腕がゴキリとひしゃげた。
 驚き目を大きく見開く黒岩であったが、すかさずその顔面にめり込んだのは飛梅さんの拳である。
 冗談みたいに吹き飛んだ黒岩の体は、ドアを破壊しては部屋を飛び出し、勢いのままに廊下をも突っ切り、向こうの壁に大の字にめり込んでしまった。

 もちろんふたりはちゃんと手加減をしているから、命に別状はない。
 腐っても黒岩は星の勇者だ。世界線を越える際に、神の恩恵にて身体強化が施されているから、わりと丈夫なはず。それにギガラニカの世界には魔法やらポーションなどを使った、優れた医療が確立されており、骨折程度ならばちゃちゃっと治る。
 まぁ、さすがに部位欠損となると無理だけど。でもラグール聖皇国が囲っている聖女ならば、千切れた手足も生やすという噂もあるが、真偽のほどやいかに。

  ☆

 ジャニスと飛梅さんに軽くのされた黒岩は、イーヤル国の者たちによって回収され担架で運ばれていった。その際に鎖でグルグル巻きにされていたような気もするけど、たぶん見間違いであろう。

「あれがイーヤル国の星の勇者……さすがにアレは無理だわ。よかった、枝垂がうちにきてくれて、本当に良かった」

 エレン姫がしみじみ噛みしめるように言った。

「やれやれ、酷いもんだ。あの程度の攻撃にもろくに反応できんとはな。あれでは枝垂の方がよっぽど動けるではないか」

 ジャニスは黒岩のダメさぶりに、肩をすくめ首を振る。
 そうなのである。枝垂は星クズのポンコツだから身体強化の恩恵を受けておらず、獣人の女の子にすらも軽くひねられる。だが、弱いなりに訓練をがんばっているおかげで、いまではとっさに動ける程度にはなっていた。
 枝垂の場合、自分の戦闘力が低いかわりに、心強い飛梅さんがついている。だから初撃さえやり過ごせば、あとはどうにかなるのだ。

「てへへ」

 生い立ちからいろいろあって、あまり褒められ慣れていない枝垂はモジモジ照れた。
 飛梅さんはそんな主人に背後から抱きついては、燃料チャージに入る。
 そこへひょっこり顔をみせたのはマヌカであった。支援物資の受け渡しが完了したので戻ってきた。
 しかし合流してみれば貴賓室のドアは吹き飛んでおり、廊下をまたいだ壁には気持ちの悪いへこみが出来ていたもので、「いったい何があったの?」ときょとん。
 これには一同苦笑いしつつ、ジャニスがかいつまんで説明を始めたところで、枝垂はさきほど我が身を襲った微かな違和感について考えていた。

 黒岩から左手をかざされた瞬間、ほんのわずかにだけれども、体が重怠くなったように感じた。それこそ重たい荷物を背負わされたかのような……

「もしかしたら黒岩の星のチカラって、重力を操るのかも。だとしたら凄い! はずなんだけど……。そのわりにはあの人から、さっぱりプレッシャーみたいなのを感じなかったんだよねえ」

 枝垂は弱い。
 それはもうダントツにて他の追随を許さないほどに非力だ。
 必然的に周囲は猛者だらけになる。
 お世話になっている城内にはジャニスを始めとして、強者たちがゴロゴロしている。成り行きにてラッコステイという海の大型禍獣とも対峙した。シモンたちと森へ遊びに行けば、奥からひしひしと感じるヤバそうな雰囲気などなど。
 生態系の最底辺に位置している身ゆえに、枝垂は自然と強者の気配を嗅ぎ分ける感覚が鋭くなっている。
 その鼻が黒岩保という男には、ちっとも反応しなかった。
 仮にも星の勇者だというのに、そんなことが本当にあり得るのか?
 枝垂は内心で首をひねるばかり。


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