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035 晴天の霹靂、のち梅おかか味

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 それはある日のことであった。
 授業の合間の休憩時間に、枝垂は飛梅さんを残しひとりお手洗いに向かった。
 こちらの世界のトイレ事情は、洋風便座に水洗式にてウォシュレットも完備している。水洗式はもとからあったらしく、ウォシュレットの概念は星の勇者らが持ち込んだとのこと。専門家でもない一般人から得た適当情報だけで、ちゃちゃっと再現してしまうギガラニカ側の技術力が素晴らしい。お尻に優しいトイレットペーパーなども揃っており、至極快適に用を足せるのは、潔癖気味な日本人としてはとてもありがたい。

 出すものを出し、すっきりして戻ってきた枝垂は教室の扉を開けようとして、はたと立ち止まった。
 そのタイミングで教室内からぼそぼそ聞こえてきたのは、クラスメイトたちの会話である。
 なにやら自分のことが話題になっているような……

「カリカリ梅、おいしいけど、さすがにちょっと飽きたかも」
「おまえ、それ枝垂には絶対言うなよ」
「わかってるって。でもたまには違うお菓子も食べたいよなぁ」
「まぁ、それはたしかに……」
「だったら今日、授業が終わったら駄菓子屋に行かない?」
「おっ、いいねえ。ひさしぶりに行くか」

 ズガガガァアァァァァァァァン!

 枝垂は脳天にカミナリが落ちたかのような強いショックを受けた。
 子どもたちに悪気がないのはわかっている。
 ぶっちゃけ自分でも「たまにはポテトチップスが食べたいなぁ」とか思ってた。
 でも自分で言うのと、他人から改めて言われるのとでは、受ける衝撃がまるでちがう。
 じつにこたえた。ガツンときた。それはもう強烈にズドンと腹の底に響いたね。
 だからとて枝垂に何ができようか?
 これはもう呪いなのではなかろうか、というほどに頑なな梅縛りにて、がんじがらめにされている星クズの勇者。ぽこぽこ出せるのは梅関連ばかり。
 枝垂は泣いた。心で泣いた。
 あとこっちの世界にも駄菓子屋があるのならば、ぜひとも行きたい。甘露味が癖になる串イカとかあったらうれしいな。
 とか考えつつ、何食わぬ顔で枝垂は教室の扉を開けた。

  ☆

 放課後、シモンたちに城下町にある駄菓子屋へと連れていってもらったのだけれども、あいにくとお休みだった。店主は仕入れのために本土へと渡っており、休業中の張り紙がしてあった、残念。
 みんなと別れて枝垂が城に戻ると近衛士のジャニスに捕まった。彼女のお目当ては飛梅さんである。
 黒ヒョウ姉さんのジャニスは強い。剣を取っては国内屈指の実力の持ち主。その勇名は近隣諸国にも知られており、エリス姫付きの近衛士なのは伊達ではない。ゆえに全力で戦える者は限られている。
 そんな彼女の前に彗星のごとくあらわれたのが飛梅さんだ。海の禍獣をも圧倒するほど身体能力に優れた飛梅さんは、ジャニスのいい稽古相手になっている。

 ふたりして第二訓練所で大暴れ。
 少年マンガのバトルシーンみたいなありえない動きにて、シュバシュバ瞬間移動をしては、キンキンガンガンとやり合っている。
 それを横目に枝垂は離れた安全なところで、ひとり座禅を組んでは眉間にシワを寄せ「ムムムムム」と唸っている。

「……このままでは非常にマズイ」

 枝垂はぼそり。
 ただでさえクラスメイトたちの人気を飛梅さんに掻っ攫われ、ほぼオマケの空気と化しているというのに、唯一の取り柄であるカリカリ梅やら梅干しなどに飽きられてしまっては、もう立つ瀬がない。
 なにげにアイデンティティの危機である。
 あと年下のシモンたちに気を遣わせているのが、地味に辛い。
 この現状を打破するには、何か新しい召喚アイテムが必要だ。
 切実な願いを込めつつ、己の右手の甲に刻まれた六芒星と梅の文字に意識を集中しては、「すぅはぁ、すぅはぁ」腹式呼吸を繰り返す。
 体内に宿る星のチカラ、その流れを強く意識し、把握し手繰り寄せ、右手へと集める、集める、集める。
 閉じた右手がほんのり熱を持ち始めたところで、あとはこれをさらに練り高めるばかり――

「お願いだから、何か新しいの出てちょうだい!」

 半ば泣きが入っている枝垂の懇願。
 いるのかどうかはわからないけれども、とりあえず「梅干しの神さまお願い」とか祈っておいた。
 するとその願いが通じたのか、開いた手の平の上にポンっとあらわれたのは、これまでとは明らかに形状が異なる品であった。
 顕現したのはスナック菓子などでお馴染みのアルミの袋、サイズは小、でもって中身は梅おかか味のポテトチップスである。
 そういえば「ポテチ食べたい」とかつぶやいていたような気がする。
 まぁ、それはさておき、気になるのがパッケージに書かれてある商品名だ。

『ポテトチップス梅おかか味。トレーディングカード付』

 カード付きのポテトチップスといえば、プロ野球を筆頭にサッカー、ラグビー、バスケットボールなどのスポーツ選手を扱ったモノが一般的によく知られているだろう。
 他にも特撮ヒーローや人気アニメとのコラボ商品に、地域密着型のご当地キャラを扱った完全オリジナルのキワモノまで。
 じつに様々な種類の品がもとの世界では販売されていた。
 枝垂の周囲にも熱心なコレクターがいて、小遣いの大半をそれに注ぎ込んでいる猛者がいたものである。彼の家に遊びに行くと出てくるオヤツは決まってポテトチップスだった。

「っていうか、オマケのカードって何だよ。とりあえず開けてみるか」

 カードの袋を取り外し、封を切る。
 が、これがビクともしない。

「なっ、固っ! 開かない、なんで?」

 手では埒が開かないもので、ついには歯を使って「ふんぎぃー」とがんばってみたが、それでもダメだった。
 どうやら異世界仕様にて、虚弱な枝垂では開けられない模様。
 するとそんな枝垂の不審な行動に目敏く気づいた、ジャニスと飛梅さんが訓練を中断して寄ってきた。
 だから飛梅さんに代わりに開けてもらおうとしたのだけれども、信じられないことにそれでもカードの袋は開けられなかった。巨大な禍獣を蹴り倒すほどのチカラを持つ飛梅さんでもダメとかありえない。
 すると本体の方を手にとり、しげしげと眺めていたジャニスが言った。

「おい、枝垂、裏に小さな文字でこんなことが書かれているぞ。『完食しないとカードの袋は開けられないのであしからず』っだってさ」


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