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034 脅威についてのエトセトラ

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 初等部の授業中のことである。
 クラスメイトたちが与えられた課題に取り組んでいる一方で、枝垂はマヌカ先生から講義を受けていた。
 教えられていたのは、ここギガラニカ世界に存在する脅威についてである。

「まずは禍獣についてね。これについては枝垂くんも実際に戦ったから、ある程度はもう知っているので、ざっとおさらいするだけにしておきましょうか」

 マヌカ先生の言葉に枝垂はうなづく。

 魔素や環境の影響により動物が突然変異をし狂暴化した存在が禍獣である。
 青銅級から黄金級まで五段階の等級が設けられており、等級が上がるほどに強くなる。
 体内に輝石を持ち、これがギガラニカの高度な文明を支える一因となっており、また禍獣の体はいろいろと流用可能にて、やっかいな存在であるのと同時に社会に多大な恩恵をももたらしてくれる。
 それから海の禍獣は陸のものに比べて強力なことが多く、また水中に生息するがゆえに討伐難易度も跳ね上がるから、陸のものよりも数段階高く評価される。
 例えば陸で黒鉄級ならば、海では上位種と認定され準白銀級扱いとなる。
 ちなみに白銀級は国災レベルにて、辺境では近隣諸国と協力して討伐に当たる場合がほとんど。
 強い個体ほど輝石の価値が高く、なおかつ肉が美味。

「青銅級や赤胴級なら、腕の立つ一般人でも対処できます。でも黒鉄級になれば危険ですので基本的に軍が対処します」
「でしたらカーラスとかニッキーマウス、ヨルモグなんかも禍獣化するんでしょうか、先生」

 カーラスはデカいカラスにて、人が汗水垂らして掘ったイモを横から掻っ攫うのを生きがいとしているような害鳥である。
 ニッキーマウスは森の表層部でよくみかける大きな野鼠だ。肉と毛皮が買い取り対象となっているため、子どもたちのいい小遣い稼ぎになっている。
 ヨルモグは、モグラみたいな生き物にて、夜になるともぞもぞ動き出しては地中を掘り進み、畑のイモを狙う。

「いい質問ですね、枝垂くん。じつは、それらが禍獣化したという記録はいまのところありません。理由として考えられるのは、生息域ではないかとの専門家の見解です」

 そもそも禍獣化するには通常の何十倍という濃い魔素が必要となる。
 魔素溜まりが起きるのは土地の深部になるので、コウケイ国のジェホホウダンの森では最深部の三層目にまで潜らないといけない。
 だがそんな過酷な場所では、いかにずる賢いカーラスや子だくさんのニッキーマウスとて生き残れない。だから寄り付かないので禍獣化しようがないのである。
 では、そんな場所に住んでいる危険生物はどうなのかというと、これはこれで環境に適応しているがゆえに、ちょっとのことでは禍獣化しない。
 いろんな条件や不測の事態が重なることで、偶発的に発生するのが禍獣なのである。

「では禍獣の話はこれぐらいにして、次は星骸についてお話ししましょう」

 星骸は異界からあらわれる暴虐の徒である。
 平行世界の地球で貯め込まれたゴミや廃棄物、負の感情などの悪いモノが凝り固まっては、その重みにて世界の底が抜けてぼとりと落ちてくる。
 世界線を超える途中で、変質変容したのが星骸の正体だ。汚染物質の塊でもある。
 そんな星骸の中にあるのは激しい怒りのみ。
 己が存在を呪い、そんな己を生み出した世界をも呪うかのようにして、大地とそこに生きる者たちすべてに牙を剥く。ありとあらゆるモノを敵視しており、ひたすら破壊の限りを尽くす。

 いかにギガラニカが叡智と総力を結集し、かつ星の勇者たちのチカラをも加えたとて、討伐が困難なほどに星骸は強い。
 ギガラニカの住人たちにとって、星骸は悪夢以外の何者でもない。
 せめてもの救いは出現場所が限定されており、ギガラニカの大陸中央部、通称「荒野」と呼ばれる場所にのみ降臨すること。
 理由はわからない。だが迎え討つ側としてはとても助かっている。
 これがもしも各地に気まぐれで落ちてきたら、とてもではないが対処できない。

 星骸の出現時期は天体を観測することである程度は予測可能。
 その予兆により出現するタイプもほぼ特定できる。

 夜空が砕けるような現象である派生・破のときには、獣型の星骸が降臨する。
 夜空が裂けるような現象である派生・裂のときには、人型の星骸が降臨する。
 夜空が渦を巻くような現象である派生・渦のときには、特異型の星骸が降臨する。

 強さや討伐難易度もこの並びに順じており、枝垂たち三十九名が新たに召喚される原因となった第二十一次・星骸討伐戦では特異型があらわれ、連合軍は辛勝するも多大な犠牲を払うことになってしまった。
 枝垂たちがこの世界に召喚されてドームで視せられた映像は、その時のものだ。
 脅威度はラッコステイの比ではない。エレン姫からも修繕が済んだ腕輪を渡されるときに言われている。

『シールドの出力を二割ほど向上することに成功しましたが、あくまで補助です。けっしてシールドのチカラを過信しないでください。とくに星骸や赤霧には気をつけて』と。

 左腕に装着している金の腕輪をちらり、枝垂が姫の忠告を思い出していると、マヌカ先生の講義がちょうど赤霧の説明へと移った。

 赤霧――
 その異形は赤い霧とともにやって来る。
 この世のモノではない。
 とはいえ妖やら怪異の類なんぞではなくて、これまた地球からのお漏らしである。
 ようは星骸になり損ねた滓(かす)にて、赤い霧は光化学スモッグみたいなもの。
 赤い霧は荒野に発生しやすいが、各地でもときおり出現しており、その際に霧の彼方よりあらわれるのが赤霧と呼ばれる異形である。

 単体であらわれる時もあれば、群れでぞろぞろあらわれることもある。
 いわば小型の星骸のようなモノにて、これがかなり強い。
 防衛能力の高い中央ならばともかく、辺境では一夜にして都市が滅んだり、国すらもが存続を危ぶまれるほどの脅威となりうる。
 幸いなるから、コウケイ国では過去に赤い霧が発生したことはない。
 どうやら離れ小島ゆえに海風がしょっちゅう吹くもので、そのせいで霧が散りやすいおかげらしいのだが、油断は禁物である。

 禍獣、星骸、赤霧、この三つがギガラニカの代表的な脅威ではあるが、それ以外にも自然の脅威も忘れてはならない。
 魔素が薄く外部からの侵入を拒むかのように荒れた外洋、その先にある世界の果ての大瀑布と奈落をはじめとして、深部が未踏であるテニウムドート大森林、ぽっかり大地に開いた巨大な竪穴のアクチラルド大空洞、黄金級の禍獣である緋竜が住むとの伝説があるデュルレ火山帯……

 広大な大陸には脅威が点在している。
 くれぐれも「冒険だぜ、ひゃっほう!」とか浮かれて、考えなしに飛び出さないように注意しなければいけない。

「でないと死ぬよ、マジで」

 との忠告にてマヌカ先生の講義は終了した。
 ちなみにこの世界にはファンタジーモノの定番である冒険者という無頼な職業も、冒険者ギルドなる組織も存在していない。
 代わりといってはなんだがイルノートなるハンター組合みたいなのはあるのだが、あいにくとコウケイ国に支部はない。
 でもって改めて釘を刺されるまでもなく、虚弱体質である枝垂にそんな気は毛頭ない。
 命大事、安全第一をモットーに星クズの勇者は生きていくと決めている。


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