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031 踏み込んだ話
しおりを挟むエレン姫から借りたメガネをつけて腕輪の輝石をのぞいてみれば、透き通るような青色の奥底に、超微細な模様やら魔法陣みたいなのが刻まれているのが見えた。
このメガネは魔道具であり拡大収縮が自在にて、音声操作が可能で録画再生なんかもできる優れ物。手が離せない細かい作業をするときには欠かせないんだとか。
輝石に施された魔法陣は五層構造になっており、ひとつひとつが魔力制御、シールドの発動や維持などの役割りを担っているという。
パソコンでいうところのCPUみたいなものであろうか。
にしても美しい……
枝垂は「ほぅ」と感嘆のため息を零す。石の中にひとつの銀河が閉じ込められているかのよう。複雑かつ緻密な造形はもはや芸術の域である。
これを光魔法にてひとつひとつ手彫りしたというのだから、エレン姫の匠の技が凄すぎる。
☆
等級が高い禍獣から得られる輝石ほど、扱える魔力の総量や出力、施せる術式が増えるので、より高度なことに転用できる。
だが人工の輝石だとそうはいかない。
耐久性に難あり。術式に耐えきれずに壊れてしまうのだ。
天然物と人工物とでは魔力の定着率や柔剛性に天地ほどの差があり、現在のギガラニカの叡智を持ってしても、再現出来ているのはギリギリ黒鉄級の輝石に届くかどうかといったところ。
ようは並み以下である。
一般家庭用の魔道具での使用ならば人工物でも問題ないが、これが列車や飛空艇などの動力となる大型の魔道機や軍事用となると、さすがに厳しい。
一回ごとに使い捨てにする覚悟があるのならば、さらに上の等級を再現することも可能だが、それは湯水のごとく金を注ぎ込むようなもの。資金が潤沢な五ヶ国の財政ですらも破綻しかねない。
だったらまだ広大な大陸を探し回って、地道に禍獣を狩った方がよほど経済的かつ、治安維持にもよくて一石二鳥であろう。
「……で、枝垂に相談なのですけど、じつは先日の浜辺にあらわれたラッコステイの処理について、ちょっと困っています」
エレン姫は目尻を下げている。
ラッコステイを討伐したのは枝垂と飛梅さんである。
ゆえに禍獣の素材やら輝石などの所有権は枝垂にある。
ちなみに海の禍獣、それも陸に換算すれば白銀級に近い黒鉄級の輝石ともなれば、中央のオークションに出せばとんでもない値がつく。
どれくらいとんでもないかといえば、一生左団扇で暮らせるぐらい。
けれどもそんなシロモノを出品すれば、当然ながら出処を探られることになり、誰が討伐したのかもすぐに露呈するだろう。
自分を取り巻く状況が微妙に危ういことについて、枝垂はすでにナシノ女史の口から説明を受けている。
浜辺での事件の後、不自然なほどにクラスのみんなや周囲があの件について触れなかったのは、ロバイス王よりこのような通達があったから。
『もしも今回のことが中央の連中に知れたら、枝垂が窮地に立たされかねない。どうか悪戯に騒がず、温かな目で勇者の成長を見守ってやって欲しい』
すべては子どもたちを守ってくれた、ひいてはコウケイ国の未来を救ってくれた星クズの勇者の恩義に報いるため。
だから英雄を称え「枝垂祭りだ、ワッショイ!」と島をあげて騒ぎたいのをぐっと堪える。
恩人をむざむざ中央の連中のオモチャなんぞにさせてなるものか。
との王の決意に賛同した島民たちもまた、浮かれたいのを我慢したという次第。
とどのつまり、売れば大金が転がり込んでくるけれど、それを手にしたら悪目立ちして、ろくなことにならないということ。
こちらの世界のことにはまだまだ疎く、エレン姫やジャニスを初めとするコウケイ国のみんなの厚意におんぶに抱っこである枝垂は、ヨチヨチ歩きの赤ん坊同然である。
ハイエナどもにたかられたら、あっというまに尻の毛まで毟られることであろう。
だから枝垂は「あー、だったらけっこうです。自分には必要ないので、そっちで好きに処分しちゃってください」とあっさり権利を放棄した。
だって中央に招聘されて、実験動物なんかにされてはたまらないもの。
枝垂の申し出にエレン姫は「ありがとう」と頭を下げつつも、「もっともうちで引き取ったところで、表に出せないのは同じなんだけどね」と嘆息。
なにせコウケイ国は三十九ヶ国中でダントツの最小最弱国である。
特産品は紫イモぐらいしかなく、日々の食事にこそ事欠かぬものの、自他ともに認める貧乏だ。
そんな小国が、いきなり希少な海の禍獣の輝石なんぞを売りに出したら、やっぱり悪目立ちする。
でもって、各国のえらいさん達はきっとこう勘繰るだろう。
「おかしい……。ハッ、そういえばちょっと前に星クズの勇者を引き取っていたはず。もしや!」
とかね。
他国のことを疑っては詮索するのを趣味としているような輩にとっては、格好のネタであろう。
なので輝石に関しては当面お城の方で死蔵することにして、鱗や革や骨なんかの素材はバレないように少しずつ市場に放出し、お肉は日頃のご愛顧に感謝を込めてみんなで美味しく頂くことになった。
ちなみにこれは余談なのだが、強力な禍獣の肉は魔素をふんだんに取り込んでおり、味は極めて美味。しかしいつも獲れるわけではないから、店頭価格は時価である。
そんな高級食材を島民全員に大盤振る舞いしたことにより、枝垂の人気は先の活躍もあって、当人の知らないところで爆上がりすることになる。
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