上 下
28 / 242

028 天神さんの飛梅伝説

しおりを挟む
 
「ほらみろ、やはり枝垂の仕業だったじゃないか」

 ジャニスからジト目を向けられ、枝垂は気まずさのあまりついと顔をそらした。
 そんな枝垂の斜め後方にて木偶人形は静かに佇んでいる。
 ちなみに夜這いに見えたのは完全に誤解であった。
 あれは腰を痛めて悶絶している枝垂を気遣い、損傷個所を確認しようとしていただけらしい。
 まぁ、傍目には怪しげな人形がいたいけな少年をベッドに押し倒し、ひん剥いているようにしか見えなかったけれども……

 頭に梅の簪をつけたお人形さん。
 その正体は、枝垂が盆栽にしようとしていた、あの鉢植えであった。
 お人形さんは声が発せられないので、身振り手振りと手書きの四コマ漫画風イラストをまじえて教えてくれた。

 あの日、海の禍獣を前にして枝垂が放った必殺技「乱れヤナガワシダレ」にて咲き狂ったのは、禍獣の体内にあった梅の種だけではなかったようだ。
 ふらふらの状態にて最後の気力を振り絞り、解放した星のチカラが、どうやら浜辺より離れた城の枝垂の部屋に置かれていた鉢植えにまで届いたらしい。
 で、新芽がぴょこんと反応し、スクスク育っては木となり、なぜだか木偶人形として顕現する。
 するとすぐにご主人様のピンチを察知して、シュワッチ!
 部屋の窓から勢いよく飛び出し、窮地にあった枝垂のもとへと駆けつけたという次第であった。

 枝垂の危機に飛んで駆けつけてきてくれた木偶人形。
 ここで注意したいのが、けっして「空を飛んだ」わけではないということ。
 文字通りの意味にて、お人形さんは空をシュタタタと駆けた。

「ねえ、ジャニスさんってば風属性なんだよね。同じことが出来る?」
「無茶を言うなよ枝垂。でも十歩ぐらいならどうにか」

 できるんかい!
 と心の中でだけ枝垂はツッコミを入れた。
 それにしても梅の木の精霊みたいなものなのかしらんと枝垂は首を傾げつつも、いつまでも木偶呼ばわりするのも失礼なので、天神さんの飛梅伝説にちなんで「飛梅さん」と呼ぶことに決めた。
 でもってどうにか動けるようになってから、さっそくアポイントメントをとり、謁見の間へと赴き、ロイヤルファミリーに報告がてら飛梅さんを紹介をする。
 そうしたらおもいのほか、ロバイス王が喰いついたのが名前の由来となった飛梅伝説であった。
 じつは王様ってばこの手の話、各地の伝説やら逸話とかが大好物なんだとさ。

「どんな話なのだ? ぜひ聞かせてほしい」

 せがまれた枝垂は己の頭の中にあるうろ覚えの記憶を辿りつつ、ざっくりとかいつまんで説明することにした。

  ☆

 ずっと昔のことじゃった。
 都に菅原道真(すがわらのみちざね)という、それはそれは頭の良い御方がいた。
 小さい頃から神童との誉れ高く、幼くして学問をちゃちゃっと修め、人品卑しからぬ。末は博士か大臣かを地で行く知識チートにて、出世街道を驀進する。
 学者の身ながらも、時の権力者の信任厚く重用され、ついには大臣の位にまで昇り詰めた。
 けれどもこれを妬み、快く思わない者たちも当然ながらいたわけで……

 その筆頭格が藤原時平(ふじわらのときひら)であった。
 名門の出自にてとにかくプライドの高い人物、ちょーっと頭がいいだけの、ぽっと出の若造が自分と肩を並べることが、とにかく気に喰わない。
 一方の菅原道真はずっと我関せずで職務に邁進していたのだが、生来の潔癖ぶりと、その厳格さ、生真面目さが祟って、とうとう政争に巻き込まれてしまった。

 待ってましたばかりに舌舐めずりにて暗躍するアンチ道真派たち。
 水面下で蠢く陰謀、次第に激しさを増すロビー活動。
 あることないことを吹聴されたあげくに、いろいろとでっちあげられ、濡れ衣まで着せられて、ついには時の権力者の後ろ盾をも失い、大宰府という遠方の地に左遷されることが決まってしまった。
 アンチ派の連中は「ひゃっほう」
 小躍りしては「ざまぁ」と大喜びしたとかしないとか。

 そんな憂き目にあった菅原道真なのだが、じつは大の梅好きとしても知られており、特に自宅の庭に植えていた梅の木を、ことのほか大切にして愛でていたという。
 悔しさを胸に後ろ髪をひかれつつ、任地へと赴く都落ちの旅路。
 現代のような安全な道行きではない。便利で快適な乗り物なんぞはなく、食事や水分補給もままならず。悪路が続き、天候にも悩まされ、ときには道なき道をも進む。
 山越え谷越え川を越えては、えんやこら。多大な時間と労力を費やし、それこそ命懸けの旅路といっても過言ではないほどに超過酷だった!
 その道中で菅原道真がふと都の方をふり返り、詠んだのがこの歌であった。

『東風(こち)吹かばにほいおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ』

 意味は、春になって東の風が吹いたら、梅の花よ、その香りを私のところにまで届けておくれ。主人はそばにいないけれども、咲く春をどうか忘れてくれるなよ。
 すると風の噂でこの歌を聞きつけた梅の木が、遠い地にいるご主人様を慕って飛んで駆けつけたという。
 これが飛梅伝説にて、その木はいまも大宰府天満宮にて亡き主人を想ってか、毎年、春になると律儀に咲き誇っている。

  ☆

 飛梅伝説を聞いて「けしからん!」とロバイス王はたいそうご立腹した。
 ディラ王妃も「佞臣(ねいしん)の讒言によって、優秀な臣下が遠ざけられるとは、じつに嘆かわしいことですね」と小首を振る。
 エレン姫は「天満宮?」というワードが気になったらしく、意味を枝垂に訊ねた。

「あー、天満宮ですか。神社……神さまを祀るところで、こちらだと教会になるのかな」

 するとこの説明にエレン姫はますます首をひねり「でも、菅原さまは役人ですよね? それがどうして神殿勤めを」と質問を重ねてきた。
 エレン姫は大宰府という役所に、天満宮という教会みたいなのがくっついていることを不思議がっている。
 となればその疑問に答えるには、菅原道真のその後についても言及せぬわけにもいかず。

「えーと、ですね。菅原道真はとにかくめちゃくちゃ怒っていたらしくって、死んでから自分を貶めた連中や都へ猛烈に祟ったそうなんです。
 地震、落雷、火事、疫病と天変地異のオンパレード。
 特に、殿中……こちらでいうところのお城の奥、王様がいるところですか。そこへドカンと激烈なカミナリを落としまして。たしか清涼殿落雷事件だったかな?
 この時に菅原道真を左遷するのに率先して動いていた連中が、こぞって亡くなったものだから、関係者一同、そりゃあもう心底震えあがったそうですよ」

 これによって都の人々は「道真公のお怒りをどうにか鎮めないと、こっちにまでとばっちりがくるぞ」と慌てふためく。そこで祟り神を天神さまとして祀ることで、どうにか機嫌を治してもらった。
 するとのちに生前、彼が超優秀な学者だったことにあやかろうと、学問の神様としても敬うようになり、毎年、受験シーズンが近くなると受験生たちがこぞって合格祈願に詣でるようになった。
 ひとしきり枝垂の話を聞き終えて、エレン姫はこう言った。

「天神さまって賢い邪神さまなのかしら?」

 それに対するコメントを枝垂は差し控えさせてもらった。


しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。 その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。 更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。 果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!? この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

処理中です...