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027 魔女の一撃
しおりを挟む良い子はそろそろ寝る時間……
突如として響いたのは、絹を裂くような乙女の悲鳴?
これにビックリしたのが、城内の警護にあたっていた衛士たちである。
「すわ、何事か!」
声がしたのは居住区の方だ。わらわら急ぎ現場へと駆けつける。
真っ先に現場とおぼしき場所へ到着したのは、たまさか近くの廊下を巡回中であった二人組。
部屋のドアには鍵かかかっている。
ドアをどんどん叩きながら「どうしました? 大丈夫ですか、枝垂殿!」と呼びかければ、扉越しに聞こえてきたのは「うぅ」とのうめき声。
これは……顔を見合わせた二人は目配せするなり、一人がドアを蹴破り、もう一人がすかさず室内へと飛び込んだ。
そしてとんでもない場面を目撃する。
乱れた寝具、はだけた寝巻の前、ベッドの上で体をくの字に折り曲げては、大量の脂汗を流し「ぐぬぬぬ、腰が、腰が」とぷるぷる震えている枝垂と、それにガバっと覆いかぶさっている木偶人形――
なのだが、あろうことか木偶人形は枝垂の寝巻のズボンを脱がそうとしているではないか!
「……えーと、夜這いかしらん?」
「に見えなくもないが、――ってそんなわけあるか! きさまっ、何者だ? すぐに枝垂殿から離れろっ」
二人の衛士のうち、いち早く理性が働いた方が、すかさず手にした槍を向けて枝垂から相手を引き剥しにかかるも、返答のかわりに飛んできたのは蹴りであった。
仲間が蹴り倒され尻もちをついたので、もう一人の衛士もはっと我に返り「おのれ、抵抗するか!」と侵入者を捕縛しようとする。
だが、こちらもゲシッと蹴り倒されてしまい、ひょうしに廊下まで転び出た。
そこへ後続の衛士らが続々と駆けつけたもので、現場は騒然となった。
侵入者は枝垂を人質にしており、なおかつ枝垂は負傷しているらしい。
退院したばかりなのに、なんてツイてない……と集った衛士らから気の毒がられつつ、始まったのが一対多数の捕り物である。
枝垂の容態も気になるところ。あまりぐずぐずしてはいられない。
そこで数を活かして押し包むことにした。衛士らはいっきに片をつけるべく突入を敢行する。
けれどもそのタイミングで木偶人形が、ひらり。
ベッドから飛び上がり、天井にぴたりと張り付いたとおもったら、カサカサカサカサ。
素早く天板を這っては、衛士らの頭上を越えて部屋の外へと逃げてしまった。
「ひ、人質、無事に確保しましたーっ!」
「すぐに救護班を呼べ、アラバン医師にも連絡を」
「くそ、逃がすな!」
「追えっ! なんとしても捕えるんだ」
「警報を鳴らせ。城内各所に通達、侵入者は西区方面へ逃走中」
「あれ? いまのって、もしかして例の手配中の奴なんじゃあ……」
「気をつけろ、アイツ、めちゃくちゃ足癖が悪いぞ」
「すぐに応援を呼べ。休憩中の奴らも叩き起こせ!」
かくして捕り物の舞台は枝垂の居室から、城内全域へと移った。
なお枝垂の容態なのだが、さいわいなことに外傷はなく大事には至らず。
寝入りばなに天井に張り付いてる木偶人形を発見し、驚きのあまり跳ね起きたときに腰をゴキリとやったのみ。いわゆるギックリ腰である。
魔女の一撃を喰らっただけであった。
◇
一日の勤務を終えて、宿舎へと戻るべく城内の渡り廊下を歩いていたところで、警報が鳴った。
足を止めたのは近衛士のジャニスである。
「侵入者? 枝垂を探りに他国の間者でも入り込んだか」
いまのところはまだ不審な入島者の報告はない。
さりとて油断はできない。諜報活動のために何年も前から他国に潜伏しては、現地に溶け込んで何食わぬ顔で生活をしながら活動する輩もいるという。
特に油断ならないのがラグール聖皇国だ。
三女神への信仰を隠れ蓑にして、こそこそと嗅ぎまわるのを得意としている。
大部分の信者や牧師たちは真面目に信仰しているのだが、ギガラニカ全土の各地に教会を持つので、その情報網と人脈や資金力には恐るべきものがある。
黒ヒョウ獣人の女剣士の耳がピクリとかすかに動いた。
ジャニスはそっと腰の剣に手をかけ、いつでも抜ける格好となり――
「そこに隠れているのは何者か? 姿をあらわせ、さもなくば柱ごと叩き切るぞ」
かちゃりと微かな鍔鳴りにてジャニスが本気であると示せば、観念したのか隠れていた相手が姿をみせた。
木偶人形であった。
ふたりには面識がある。枝垂が海の禍獣に奮闘した直後のことであった。
「この騒ぎは貴公であったのか。いったいどこにいたのだ? ずっと探していたのだぞ」
ジャニスが剣から手を離したので、木偶人形も警戒を解く。
どうやらいろいろと行き違いがあったらしい。
とりあえずジャニスが木偶人形を確保したと通達し、警報はすぐに解除された。
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