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023 狂い咲き

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 景色がブレる。焦点が合わない。
 頭の中がぐわんぐわんと揺れている。
 呼吸がうまくできない。
 息苦しい、気分が悪い。

「枝垂! 枝垂――――っ!」

 必死になって自分の名を呼ぶ声がする。
 たぶんシモンだろうけど、耳の奥がキーンとなっていて、いまいちよく聞きとれない。兄貴肌のシモンのことだ。大人たちの制止を振り切って駆けつけようとしているのかも。危ないから来るなと伝えないと。

 声のする方へ顔を向けようとしたところで、ズキン、強い痛みに襲われた。
 見れば左腕がだらりと垂れさがっている。肘のあたりが捻じれて、角度がおかしなことになっていた。たぶん折れているのだろう。
 右腕は……まだかろうじて動く。
 けど、こちらもほとんど感覚がない。中指が勝手にぴこぴこ痙攣してるのが、ちょっと笑えるかも。

 目の前に垂れこめていた霧が次第に晴れていく。とはいっても本当の霧じゃない。視覚が回復してきたのだ。景色がより鮮明になってくる。
 しかし世界は半分朱に染まっていた。頭に怪我をして血を流しているせいだ。
 枝垂がそれに気づいたところで不意に暗い影が差す。
 デカワニだ。わざわざ後ろ足と尻尾を器用に使っては、仁王立ちとなってこちらを見下ろしている。
 威嚇のつもりか、あるいは勝ち誇っているのか。
 事実、枝垂は一方的に蹂躙されるばかりでズタボロだ。すでに虫の息にて立っているのがやっと。
 だが、しかし――

「ふぅ、あらわれたのがマヌケなおまえで助かった。じゃあな、あばよ」

 にへらとの笑みにて、枝垂が最後の気力を振り絞って閉じたのは右の拳であった。
 手の甲に刻まれた六芒星が淡く輝き、中の梅の文字の色味がいっそう濃くなる。強い想いにて宿りし星のチカラが解き放たれる。
 とたんにデカワニが震えて「ガァアァァァァ」と苦しみだした。
 とおもったら、その腹や背中からにょきにょきと生えてきたのは、立派な梅の木たち。
 枝垂が撃ち込んだものが体内にて一斉に発芽して、急成長し、頑丈なデカワニの身を内側から突き破っていく。

 殺伐とした戦いの場に可憐な五枚の花弁が狂い咲き。
 付近一帯に馥郁(ふくいく)たる梅の香りが充ちる。
 無数の梅の花に覆われて、武骨一辺倒だったデカワニの姿が華やかになった。
 これこそが枝垂が編み出した秘技「乱れヤナガワシダレ」である。
 相手の体内に種を植えつけ苗床とし、血肉や魔力を養分として、そこに星のチカラを注入、爆発的に急成長させることで内側から浸蝕し、完膚なきまでに破壊する。自分の名前を冠した必殺技だ。

 梅の花まみれになったデカワニ、その巨体がゆっくりと傾いでいく。
 だからてっきりそのまま倒れのるかとおもいきや「ええーっ!」
 途中で踏ん張ったばかりか、血反吐にて苦しみながらも大口を開けては、なおも迫ってきた。
 なんという執念、これが海の禍獣、黒鉄級上位種のチカラ……
 ありえないタフネスぶりに枝垂は「おいおい、冗談だろう」と心底呆れた。
 そして残念ながらここまでのようだ。
 しょせん、星クズはどこまでいって星クズということか。

「ちくしょう。やっぱりダメなのか。でもみんなが逃げる時間ぐらいは稼げたかな、はははは」

 先に限界を迎えたのは枝垂の方、がくりと両膝をつきそのままどうと前のめりに倒れた。

  ☆

 健闘するもあと一歩及ばず。
 絶体絶命のピンチに陥った星クズの勇者。
 そこへ遅ればせながら近衛士のジャニス率いる討伐隊がかけつけるも、ほんの少しだけデカワニの動きの方が速かった。
 間に合わない! その場に居合わせた誰もが絶望する。
 けれどもそんな窮地の場面を蹴散らす者があらわれた。
 城の方から猛スピードで飛来する謎の影。
 横合いからいきなり飛び込んできたとおもったら、いままさに枝垂を喰らわんとしていたデカワニ――正式名称はラッコステイという海洋生物が禍獣化したもの――の側頭部に蹴りを見舞う。

 ラッコステイの巨体がどうっと横倒しとなった。
 いくら「乱れヤナガワシダレ」を受けて弱っている状態とはいえ、体長八十メートルもある固い鱗に覆われた超重量級の巨体を一蹴する。
 ありえない。それすなわち、乱入者の放った蹴りがそれだけの威力を秘めていたということ。
 おかげで枝垂は助かったが、ジャニスをはじめとして、この場面を目撃した者らはみな安堵よりも困惑の表情を隠せない。
 なぜなら意識を失っている枝垂を背に庇うようにして立っていたのが、頭に梅の簪(かんざし)をつけた等身大の木偶人形だったからである。

 呆気にとられる一同をよそに、奇妙な木偶人形はひっくり返っているラッコステイに追撃を行う。高らかと宙に舞い上がってからの垂直落下、無防備に晒されている腹へと目がけてダブルニードロップをかまし、さらにはトランポリンのごとく腹の上で何度も跳ねては、それを繰り返す。
 じきにラッコステイがぐったりして動かなくなっても、まだ攻撃は終わらない。
 あまりにも執拗な死体蹴り。

「あー、気持ちはわからないでもないが、さすがにそろそろヤメてやれ。敵ながら気の毒だ。それにせっかくの革と鱗が傷んでしまうぞ」

 ジャニスが止めるまで、木偶人形の攻撃は続いた。その様子からしてよほど腹に据えかねているらしい。
 かくして枝垂は九死に一生を得るも、はたしてこの木偶人形の正体やいかに?


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