星の勇者たち でも三十九番目だけ、なんかヘン!

月芝

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018 戻らぬ船

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 港に人だかりができていた。
 集まっていたのは地元の漁師や、港で働く者たちである。
 朝の水揚げがひと段落したあとのことだ。みんなが「やれやれ」と笑顔で汗を拭っていたのだが、そこで漁に出ていた船のうちの一艘が、まだ戻っていないことが発覚する。
 昨夜は天候にも恵まれ、波も穏やかであった。
 だから多くの船が我先にと競うようにして、夜間の漁へと繰り出していた。
 ここのところ不漁続きにて漁師たちは腐っていたのだが、それが一転しての大当たり。
 入れ喰い状態にて面白いように魚が獲れる。
 どの船も大漁旗を掲げては、船倉を満杯にして戻ってきた。
 おかげで漁港は夜明け直後からちょっとしたお祭り騒ぎ。にわかに活気づいては嬉しい悲鳴をあげていたのだが、その賑わいのせいで還らぬ漁船があることに気づくのが遅れたのである。

「まだ連絡はないのか?」

 心配する声に、首を振ったのは漁業組合の職員であった。
 船長が急病で倒れたり、漂流物との衝突による船体の破損や浸水、動力の魔道機の故障など、なんらかの不測の事態が起きて船が立ち往生することは、稀にだが発生する。
 だが、それならば救援を求めるはず。船には緊急連絡用の魔道具の搭載が義務付けられている。通信用の魔道具には防水加工が施されており、輝石も内蔵されているから、たとえ船の動力が止まっては使用できる。
 しかし連絡はなく、こちらからの呼びかけにも応答なし。

「海賊が出やがったのかも。ちくしょう、ここのところ見かけていなかったのに……」
「いやまて、そうとは限らんぞ。もしかしたら、うっかり外洋に出てしまったのかもしれん」

 などの声もあがって、たちまち集った者らの間に動揺が走った。
 山賊や海賊といった輩があらわれるのは、決まって星骸討伐戦のあとである。
 多大な犠牲を払って辛くも勝利するも、社会が受けたダメージは大きい。揺らぐ経済、傷つくのは大地だけでなく人心も荒廃する。
 その影響は遠い僻地にもじわじわ押し寄せてくる。
 世相が不安定になると、そのせいで犯罪行為に走る者があらわれる。だが中央でことを起こせばたちまち粛清される。だからその手の輩は苛烈な追捕を逃れるために、まるで水面の波紋のように中央から辺境へと流れてゆく。

 外洋うんぬんについては、コウケイ国は……というか、これはギガラニカ全土で言えることなのだが、基本的に海での漁は陸地からあまり離れず、近海の沖合のみにて行われている。外洋には足を運ばない。
 理由は危ないからだ。
 外洋は波高く、海流が複雑に入り乱れ、天候もコロコロかわる。それに海の中には危険な海洋生物がうようよ生息している。
 だが一番の問題は最果ての大瀑布である。
 近づくほどに大気中の魔素が薄くなり、魔法を上手く発動できなくなる。船に搭載している動力の魔道機も不具合を起こし、たちまち立ち行かなくなる。

 これは蛇足になるのだが、ギガラニカでは海軍はあまり発展していない。
 活躍の場がほとんどないからだ。大きな湖と河川のあるラグール聖皇国などの一部の国が水軍を保有しているが、たいていは陸軍傘下の一部門として組み込まれている。
 海岸で軍船を遊ばさせていられる余裕なんぞは、貧しい沿岸部の国々にはない。
 なおコウケイ国は島国だがとっても貧乏なので、軍船なんぞは保有していない。
 代わりに漁港にて自警団を結成しており、海での有事の際には彼らを中心にして動くことになっている。コウケイ国の漁師たちは予備役という側面を持つ。

 以上のことから、漁師たちはけっして外洋には出ない。
 けれども昨夜は数年に一度、あるかないかの大凪であった。
 静かな暗い夜の海でのこと。大漁に浮かれて魚群を追うのに夢中になるあまり、うっかり境界を越えてしまったのかもしれない。
 いかに海上が穏やかとて、海中はまた別の話だ。それに魚群を追うのは何も漁船だけじゃない。腹を減らしている危険な海洋生物とかち合ったのかもしれない。
 だとしたら……
 不吉な想像に、みんなの表情がみるみる暗くなっていく。

 その時のことであった。
 パンッ!
 手を打ち鳴らしたのは漁協の組合長だ。

「まだそうと決まったわけじゃねえ! とりあえず手分けして近海を探すんだ。いいか? 念のために単独では動くなよ。それから妙なもんや気になるものを見かけたら、何でもいいからすぐに報せろ」

 一喝と号令を受け、うつむいていたみんなの顔が前を向く。出航準備にて漁港内がにわかに慌ただしくなった。
 それを横目に組合長に近づいたのは、職員のひとりである。周囲をはばかりつつ、ひそひそ。

「こんな状態ですし、今日の行事は中止にしますか?」

 お伺いを立てたのは、近在の初等部の生徒たちを集めての、地引き網漁の体験学習のこと。
 組合長は口をへの字に曲げて考え込む。
 本音を言えばガキどものお守りなんぞをしている暇はない。
 だが体験学習は未来への種撒きみたいなもの。幼少期にした楽しい体験というのは、ことのほか記憶の奥深くに刻まれ、その後の人生を左右する。軽んじたり、蔑ろにすると、あとで手痛いしっぺ返しを喰らう。
 とかく都会に流れがちな若い労働力、その確保は離島の漁港に課せられた至上命題だ。
 だから組合長は決断した。

「いいや、予定通りにやろう。せっかく楽しみにしているのに、子どもらをガッカリさせるのは酷ってもんだ。さいわい漁港と浜とは距離があるし、問題なかろう。でもいちおうは先生方にこっちの事情をお伝えしておけよ」


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