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012 禍獣

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「ぎゃはははは、なんだこりゃあ」
「ぷー、クスクス」
「ぷぷぷ」
「ダメ、あーお腹痛い。笑い死ぬ」
「う~ん、さすがにこれはちょっとヒドイわね」
「ムムム、なにやら文字から邪念を感じる」
「書は心をあらわす」
「先は長そうだね。がんばれ」
「……枝垂のエッチ」

 休憩時間に子どもたちから笑われては酷評を受けていたのは、枝垂の習作である。
 事実へたくそにて、震える文字に宿ったやましい気持ちまで見透かされてしまい、枝垂はとっても居心地が悪かった。
 だがその時のことである。

 カーン! カーン! カーン! カーン!

 突如として響いたのは、けたたましい鐘の音。
 城内にある鐘塔(しょうとう)にて鳴らされているのだが、その音がなにやら物々しい。
 ひょっとして警鐘なの? えっ、火事とか。だとしたらすぐに避難しないと。
 慌てて腰を浮かせる枝垂であったが、周囲の子どもたちはとくに慌てた様子もない。
 するとさっきまで腹を抱えて笑っていたシモンが、目尻の涙を拭いながら言った。

「あぁ、あれは禍獣が出たことを報せる合図だ。でも、あの鳴らし方だと赤銅級だろうから、なんの心配もいらねえよ」

 禍獣とは、いわゆるモンスターのことである。
 動物が魔素や環境の影響で変異した狂暴な個体にて、この世界に存在する脅威のうちのひとつ。
 青銅、赤胴、黒鉄、白銀、黄金の等級に分類されており、この順で強くなる。
 青銅級はわりとポコポコ出現してはサクサク討伐されている。
 これが白銀級の上位種ともなればそうはいかない。災害レベルにて、黄金級ともなれば国の存亡が危ぶまれるほど。よほどの大国でもなければ、まず自国だけでは対処できない。よって近隣諸国や中央の連合軍に応援を頼むことになる。
 けれども禍獣は強くなるほどに知能も高くなるから、黄金級ともなればよほどのことがないかぎりは、人前に姿をあらわさないし、暴れもしない。
 事実、ここ三百年、目撃情報は報告されていない。

 そんな禍獣なのだが体内に輝石を持つ。
 もともとあった魔力器官が変異したものといわれているが、これが魔道具の動力源に使えるので、青銅級の輝石でもわりといい値で取引されている。
 また牙や爪、皮膚に鱗など、各部位も武具や防具の素材としての使えるので、禍獣は迷惑な存在であるのと同時に恩恵をもたらすから、痛しかゆしといったところ。
 なお強い禍獣から獲れる輝石ほど有用性が高く価値も上がるが、それだけ討伐難易度も跳ね上がる。
 ちなみに輝石は人工物も存在しており、一般的にはこちらの方が出回っているものの、出力は天然物の方がずっと優れており、今後の研究開発に期待したいところ。

 枝垂も中央からコウケイ国へと向かう旅の途中、禍獣を目撃している。
 角の生えたでっかいウサギだったが、エレン姫とジャニスがサクっと殺したあとに、胸をかっ捌いては血塗れになりながら笑顔で何かを取り出していたっけか。
 どうやらあれが輝石だったらしい。
 その時のことを枝垂がぼんやり思い出していると、シモンがニカっと笑う。

「よし、今度狩りに行こうぜ。とっておきの穴場を教えてやるよ」

 いえ、けっこうです。
 なにせ自分……虚弱体質なもので。
 とは言えず「うん、そのうちにね」と枝垂はあやふやに答えておいた。言質はとらせない。これぞ大人の対応。
 だというのに、である。

「どうして僕はこんなところに来ているのだろうか」

 森の入り口を前にして、枝垂は呆然と立ち尽くす。
 シモンの兄貴っぷりと、獣人の子どもの行動力を侮っていた。
 ずっと年下だけれども頼れる兄貴は有言実行派。
 よもや、その日の放課後にさっそく連れ出されるとは夢にもおもわなかった。
 さすがに初等部の子どもたちだけでは、森の奥へと入るのは許されない。
 浅い層のみとのことだが、はたして枝垂は生き残ることができるのであろうか。


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