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003 星クズの勇者
しおりを挟む東の空が白む。
世界が異なろうとも、太陽は東から昇り西へと沈むのは同じ。
ただし、月は三つあるけどね。
あと大地は丸くないそうな。こちらの世界は真っ平にて果てまで行くと、海がぷつりと途切れており、ざぁざぁと大瀑布になっているんだとさ。
奈落へ落ちたらどうなる? えっ、消えた海水はどこへ? 海は枯れちゃわないの?
知らん!
とりあえず海は枯れていないし、枯れるそぶりもないから心配するな。ひょっとしたら底の方でループしているのかもしれない。いわゆる循環型だ。
あと最果ては前人未踏である。調べに行って帰ってきた冒険野郎は一人もいない。なので、どうなっているのかは誰にもわからない。わかっているのは、最果ての海は四六時中、十五メートル級の波がうねる大しけにて、空は暴風と雷雨が荒れ狂っている。海中には危険生物がうようよ。しかも世界の果てに近づくほどにどんどんと魔素が薄くなって、ろくに魔法が使えないときたもんだ。
とどのつまり、死にたくなければ絶対に近づくなということ。
チチチ……
小鳥の軽やかな囀りが聞こえる。
夜明けが近い。
ふわりと吹く風が薫る。
紅、白、ピンク、色とりどりの可愛らしい花が咲き誇っている。
馥郁(ふくいく)たるは梅の香り。
見目麗しく艶やかな梅林、それを前にして――
「どうしてこうなった?」
枝垂はその場でしゃがみ込み、頭を抱えた。
ここは王城内にある第一訓練場である。
いや、もはや訓練場であったというべきか。
今や立派な梅園と化している。それも入場料が取れるレベルの!
昨夜遅く、枝垂はあてがわれた部屋を抜け出し、ひとりで特訓をしていた。
三十九人中、唯一、星クズ判定を受けた身の上。異世界チートでヒャッハー、可愛いチョロインたちに囲まれてのモテモテハーレム生活が出来ないことを嘆いていたら、何かとお世話になっている獣人の女剣士から言われたのだ。
「たとえ砂粒や水滴のひとつでも、使い方次第で相手の目を潰すことができる、気管をむせさせることもできる。どんな能力でも創意工夫で活きる道もある。いじけていても何も好転しないぞ。とりあえずいろいろやってみたらどうだ?」
その通りである。
だから枝垂はちょっとがんばってみることにした。
おかげで非力な自分でもどうにか身を守る術を会得できた。
まではよかったのだけれども、よもやそれがこんな不測の事態を招こうとは……
どうしていいのかわからない。
狂い咲いている梅林を前にして枝垂がオロオロしていると、そこに助言を与えた当人が姿をあらわす。
「おい、枝垂。熱心なのもけっこうだが、あんまり根を詰めすぎるのも――って、なんじゃこりゃーっ!!!」
黒ヒョウ獣人のお姉さんは尻尾をピンとのばしては毛を逆立て、素っ頓狂な声をあげた。
そのせいで衛兵らが駆けつけたものだから、城内は早朝から騒然となった。
☆
ここで事の経緯を説明がてら、ちょいと回想を少々――
そう、あれはつい六日ほど前のことである。
勇者召喚の儀とやらで、いきなり地球から異世界へと拉致……もとい招かれた三十九人。
個別に連行されてひとしきり検査を受けたのだけれども、その際に枝垂は白衣を着た赤い目のお爺ちゃんに、瞳の奥をしげしげと覗かれて、右の手の甲を確かめられてからこう告げられた。
「あー、こりゃあ星クズだね。今回は数が多かったからもしやと思ったんだが、やっぱり混じっていたか……。いやぁ、ツイてないねえ三十九番さん、ご愁傷さま。今後はいろいろと大変だろうけど、まぁ、まだ若いんだから、腐らずにがんばりなさい」
星クズ――
あまりいい響きの言葉ではない。
その証拠に、居合わせた見張りの兵士たちの目には、明らかに失望の色が浮かんでいる。露骨にがっかりムードにてどうにも気まずい。
ドームでのアナウンスでは『ようこそ、星の勇者諸君!』と言っていた。
不安を覚えた枝垂は、お爺ちゃん先生に「そこんところを、もうちょっと詳しく」と教えてもらおうとしたのだけれども、それはかなわない。
お前なんぞはいらんとばかりに、すぐさま別室へと追い立てられた。
そこは殺風景な独房みたいな部屋にて、出された飲み物を啜りながら枝垂はしばし待ちぼうけ。
「ちえっ、ハズレだと飲み物は白湯で、お茶請けもなしかよ」
とたんに扱いが雑になった。
無性に悲しい。はじめて口にした異世界の水がちょっとホロ苦い。
枝垂がしおれていると、ふいに右手に違和感を覚えた。
じんわり、ほのかに熱を帯びたもので驚き、おずおず手の平を開いてみたら見覚えのある品があって、きょとんとなる。
「……えーと、これってカリカリ梅だよねえ?」
カリカリ梅、種ぬき。
小梅の種を抜いたものを、甘酸っぱい汁に漬けた物にて、カリコリとした食感が癖になる大人のお菓子である。お茶請けにも最適。スーパーやコンビニで気軽に買えて、低カロリーなのでダイエットのときのおやつにもオススメ。ただし塩分量とのかねあいにて、食べ過ぎには注意しよう。
むき出しではなくて、ちゃんと小分けに包装されている。
でもそんな物がいったいどうして?
わけがわからず首をひねる枝垂だが、すぐにピンときてしまい「あーっ!」
右手の甲にある六芒星と梅の文字、そしてあらわれたカリカリ梅、どちらも梅つながりにて。
まさかと試しに念じてみたら、二つ目のカリカリ梅が手の中に……
枝垂は「あちゃあ」と天井を仰いだ。
これではぞんざいな扱いも無理からぬ。
「まいったね、僕ってばマジでいらない子だわ」
星クズ呼ばわりの意味を悟って枝垂はがっくし。
包みから取り出したカリカリ梅を口に放り込んでは、カリコリカリコリ。
「あっ、美味しい。……にしてもカリカリ梅か。う~ん、こっちの世界でも需要があればいいんだけど」
売れるのならばカリカリ梅屋として生計を立てられる。
たとえ「この役立たず!」と無一文で放り出されたとて、喰いっぱぐれることはないだろう。
……と信じたい。
なんぞと考えつつ枝垂は口をモゴモゴしては、カリコリカリコリ、カリコリコリ。
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