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031 駄菓子屋 ― 伝説のクライマー
しおりを挟む「わすれもしない。あれはシトシトと冷たい雨が降る日のことだった……」
ココアシガレットを小粋にくわえては、仮面の子の独り語り。
妙に話し慣れているのは、おそらく何度も同じ話を披露してきたからなのでしょうけど、指摘するのは野暮というもの。
だからクダンちゃんとカエちゃんは互いに目配せにて、黙って耳を傾けることにしました。
〇
その日は、朝から天気がぐずついており、いつもは盛況な駄菓子屋もやや閑散としていた。
ここに来れば、誰かしら知った顔がいる。
だから遊び相手にはこと欠かないはずなのだが、この日ばかりはアテがはずれてしまったようで。
手の中で改造を施したベーゴマをもてあそびながら、「ちぇっ、つまんねーの」と仮面の子。
対戦相手がいなければ、性能を試すこともできない。
かといって、一人二役ではあまりに寂し過ぎる。
そこで「しょうがない。今日はコインゲームで遊ぶかな」と隣接するイートインスペースへと向かったのだが……
ジャラジャラジャラジャラ。
ゲームコーナーの方から聞こえてきたのは、景気のいい音。
聞き覚えがあるこれは――コインが吐き出される際のもの。
ただし、一度にまとめてこんなに大量に機械が吐き出すことなんて、年に数回、あるかないか。
それはゲームをクリアした時のみ。
通常の勝ちではない、大勝利!
じゃんけんゲームならば、十連勝。
国盗りゲームならば、全国制覇。
ルーレットゲームならば、毛筋ほどの幅しかない大当たりの箇所にビンゴ。
どれも狙ってやれることではない。
あと一歩のところまではなんとかイケるが、そこから先がむずかしい。
実力だけでなく運が必要となる。それも類まれなる強運が。
ぶっちゃけ、これで当てるぐらいならば、駄菓子屋のスーパーボールクジで一等賞を当てるほうが、よほど可能性があるだろう。
そんなコインゲームたちの中でも最高難易度といわしめるのが登山ゲーム。
ふたつのボタンを駆使して遥かなる神々の御座を目指すが、その道のりは試練の連続にて。
雨、雷、突風、吹雪き、雪崩、落石、土砂崩れ、クレバス、滑落……
ときにはクマだけでなく、なぜだか山賊が行く手に立ち塞がることも。
艱難辛苦に充ちた、そこは伝説の崑崙山もかくやという超危険地帯。
そこを単身登頂を目指す。
子どもたちはこのコインゲームを通じて山の偉大さ、恐ろしさを学んでいるとかいないとか。
「そんな登山ゲームのまえに、あのねえちゃんはいたんだ。そしておれは見た。あの神業ともいえるボタンさばきを」
その女性は、凛として楚々、濃紺のロングスカートに白いエプロン姿にて。
いわゆるヴィクトリアンスタイルのメイドさんであったという。
銀縁メガネに髪は三つ編みにしたのを腰のあたりにまで垂らしており、それがボタンをタタンと軽快かつリズミカルに叩くたびに、ひょこひょこ揺れていた。
コインゲームはレトロゲームである。
作りはシンプルであるがゆえに、内蔵されている電子機器も原始的なもの。
ぶっちゃけ、反応が悪いのだ。
タイミングを合わせてポンと押しても、すぐに動作が反映されることはなく、ちょっとした間があく。
身もふたもない言い方をすれば、ワンテンポもツーテンポもズレる。
これがつねに一定であれば、それを計算に入れた上で操作すればいいのだが、そうは問屋が卸さない。
貧弱な回路には、そもそもそんな機能がついていない。
だからメーカーの意図した挙動ではなくて、勝手に生じる現象。
電子の妖精のイタズラ。
これによりクリア難易度が格段に高まっているのだ。
だからこそ最後は運がものをいう。
それもただの運ではちっとも足りない。
必要なのは奇跡の領域。
なのに、そのメイドは平然と山登りゲームをクリアしていた。
それも立て続けに三度も!
「ありえない光景に、おれは全身に鳥肌がたったね。その場にたまたま居合わせた他の連中もみんな大口を開けて固まっちまった」
そんな子どもたちへとふり返ったメイドは、こう言ったという。
「もう雨もあがるかしら? そろそろお嬢さまも帰宅なされるはずだし、急いで帰ってお茶の準備をしておかなければ。
あぁ、そうだわ。こちらのコイン、よろしければみなさまでどうぞ」
メイドは優雅にスカートの裾をつまんでは軽くお辞儀をし、颯爽と駄菓子屋を去って行った。
おもわぬ恩恵に子どもたちが、喜びの歓声をあげたのは言うまでもない。
〇
ひとしきり語り終えた仮面の子は「ふぅ」とココアシガレットで一服。
カエちゃんは「すごい、そんな人がいるなんて」
クダンちゃんも感心していますが、内心では首をかしげていました。
(はて? なにやら知り合いにとてもよく似ているような……でも、あのカゲリさんにかぎって、まさか、ねえ)
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