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998 ほうき
しおりを挟むやっこ姉さんのところで水ようかんをお呼ばれしていたミヨちゃんとヒニクちゃんの二人の幼女。
つるんとしたノド越し、クドくない甘味、軽い口当たりゆえに弁当箱ぐらいのサイズをぺろりと一人で平らげてしまう。
それを眺めながら煙管をくわえていたやっこ姉さん。
ぼそりとこうつぶやいた。
「世の中、どんどんかわっていくねえ」
ミヨちゃんの祖母と女学校にて同窓だったやっこ姉さん。
卒業後は売れっ子芸者として一世を風靡し、名の知れた大物のご贔屓筋もたくさん持っていた。引退したいまでもつき合いがあって、季節ごとに贈り物なんぞを寄越してくるおかげで、ミヨちゃんたちもご相伴にあずかれる。
いろいろとたいへんな目にも合ったけど、いい目もいっぱいあった。
景気のいい時期、悪い時期、すべてを見てきた。
じょじょに近代化していく街の変遷、次々と新しいモノが産まれては廃れてゆく。
目まぐるしく時代が動く中、それこそ人間の体型やら骨格までも変わってきた。
ひと昔前はがっちりしていたのが、いまではひと回りも小さくなり細くなっている。親と子ではそれほどちがいはないけれども、孫の代にもなれば「同じ血筋なのか?」と首をひねるような変化もあらわれる。
社会がかわり、食もかわり、生活習慣もかわり、かつての当たり前が当たり前じゃなくなったり、新しい常識や考え方が根づいたり。
コンビニエンスストアがいたるところに増えて、夜の街もずいぶんと明るくなった。
寿司がくるくる回って、安価で食べられるようになった。
お店が増えたぶんだけ、商品の種類も増えに増えまくっている。
スーパーマーケットをのぞけば棚一面にポン酢がずらり、あるいはレトルトカレーやらインスタントラーメンがずらずらり、なんてことも。
テレビゲームがもてはやされていたと思ったら、パソコンが本格的に台頭しIT革命とやらで、たちまち普及。
世の中、なんでもかんでもパソコンで処理されるようになる。
で、忘れてはならないのがインターネット。
たちまち世界中が繋がった。
そのわりにはキーボードがうまく扱えない人も多くて、なにやらよくわからないうちに、今度は携帯電話が登場し、その流れでスマートフォンへと移行。
指先ひとつでことが済むように。
一日二時間三時間どころか、ヘタをすると六時間以上もスマートフォンの画面とにらめっこするのが日常と成り果てる。
娯楽も増えたことにより、みな多趣味となって、その分だけ分散された影響か、時間と労力がかかる本はあまり読まれなくなったという。
かつては子どもの、それも頭が悪い子が読むものとレッテルを貼られ目の敵にされていたマンガ。いまでは文化と呼ばれるほどに出世し、通勤電車の中でスーツ姿のサラリーマンがマンガ雑誌を愛読しているほど。
このままの勢いにて、どこまでもどこまでも、いったいどこまで発展していくのだろう。
なんぞとちょいと心配になっていた矢先のこと。
世界的に流行した感冒のせいで、たちまち人類全体にブレーキがかかった。
そして始まったのが分断の時代。
これまで築いた価値観やら関係があっという間に崩れた。
建て前や遠慮が消えて、我がことに執着するばかり。
怒りはぐっと堪えるものであったのが、怒りは即座に発露されるようになった。
言いたいことが言える環境は素晴らしいのかもしれないけれど、あと先考えずに言いっ放しなのは、ちとちがう。
「まぁ、こちとら老い先短い身だからかまいやしないけど、やっかいな宿題を背負わされるあんたらは難儀なこった」
やっこ姉さんからそんな同情をかけられて、ミヨちゃんはキョトンとしている。
そしてヒニクちゃんがぼそり。
「相続放棄できたらいいのに」
相続にはプラス分もあればマイナス分もある。
山のような借金とかの負の遺産を残されたら、迷惑千万。
あげくに面倒をみろ、敬えとか言われても、さすがにちょっと。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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