ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

988 ふじゆう

　
　流行は時代背景を色濃く映し出す。
　かつて少女マンガのヒロインは、虐げられて、理不尽な目にあい、これでもかというぐらいに不幸にまみれつつも、最終的にはいい男も大金も幸せもゲット！
　みたいな流れが多かった。
　だがじきに、そんな安易な勧善懲悪は王道として定着しつつ、新たな道が模索されるようになる。
　多彩な心情、複雑な事情を抱えたキャラクターたち。
　より濃厚な群像劇の中であがくヒロイン。
　詩的で意味深な台詞、読者がハッとさせられるシーン、恐ろしく精緻に書き込まれた絵……。
　マンガというくくりを飛び越え、現代アートの域に入っていると言っても過言ではない作品も続々登場。
　リアル、非リアル、いろんなジャンルも増えて、よりバリエーションを増やしていく。

　一方で少年マンガは基本的に戦いがメイン。
　戦って、戦って、戦って、戦って……。
　もちろんちがう作品も多いけれども、大多数の読者に好まれるのは血沸き肉躍るバトルシーンのあるマンガ。
　ただし近年になって主人像にやや変化が生じている。
　チビでいじめられっ子、たくさんのマイナス要素を抱えた主人公が逆境をはねのけ、強くなっていくカタルシスこそが魅力。悩み苦しむことにより読者から共感を得て、試練を克服することによって勇気を与える。
　そのくせ「ふつう」であることを前面に押してくる。
　いやいやいや、ぜんぜんふつうじゃないよ。めちゃくちゃハイスペックだよ。というか恵まれまくっているよ。そもそもふつうはかわいい幼馴染みとか、なにかと気にかけてくれる友人とか、おっぱいの大きな美人のお母さんなんていないもの。じつは○○なんてパターンも過多。
　そんな要素がごっそり失われた主人公がここのところ着々と増えている。
　恵まれていないといえば、とことん恵まれていない。
　親兄弟はなく、食うや食わずとか、シャレにならないぐらい社会からめちゃくちゃ虐げられているとか。
　なんとなくひと昔前の少女マンガのヒロインのような境遇に置かれている、いまの少年マンガの主人公たち。

「ここにきて少女マンガ、少年マンガの主人公像に逆転現象が起きているの」

　自分の言葉にうんうんうなづいているミヨちゃん。
　複雑な時代背景、かつては画一的だった家族構成や家庭環境も今や多種多様となる。
　かつての当たり前が当たり前ではなくなっている。
　少女マンガのヒロインは強くたくましく。
　少年マンガのヒーローはちょっと頼りなくて、草食系？
　でも、いざとなったら頼りになる。かっこいい。
　まぁ、だからこその主人公なのだが。

「マンガってさぁ、わりと時代の変化に敏感なんだよね。極端な話、マンガの中で登場人物たちが置かれている境遇とか、現実でも起こっていたりするから」

　ゆえにたかがマンガとあなどるなかれ。油断していると痛い目みるぜ！
　ビシっとミヨちゃんがそんなことを言ったところで、静かに拝聴していたヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。

「価値観ってわりと簡単に固定されちゃうから」

　表現の自由は大切。だけれどもどこかで線引きが必要。
　でもそれって誰かに許された枠内での自由でしかなくって。
　結局のところ人は自由にはなれないんじゃないかなぁ。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。