上 下
984 / 1,003

980 つつつ

しおりを挟む
 
 お母さんにくっついてスーパーマーケットに行ったときのことである。
 野菜の棚にて品物を物色しているお母さん。少しでもいい品を家族のために熱心に吟味している。
 それを待つミヨちゃんはありがたく感じるけど、ちょっと退屈。あと「そもそも素人に目利きとかできるのかなぁ」と内心で思ったりもするけど、余計なことは言わない。
 するとそんなお母さんの横に、スススと近づくご婦人の姿が。
 年の頃は五十から六十くらいか。まぁ、どこにでもいるおばちゃんだ。
 それが「すっかり白菜の値段が戻ったわねえ」と気安くお母さんに話しかける。
 たまさか隣り合った者が、軽く二言三言、言葉をかわす。
 とりたてて珍しい光景じゃない。
 会話好きな人、人好きな人、気さくな人、物怖じしない人……。
 そういう人はどこにでもいるもの。
 何かの列とかに並んでいても、前後の人にやたらと話しかけるタイプはいる。
 これを楽しいと感じるか、馴れ馴れしいと鬱陶しく感じるかは、その時々であろう。

 話しかけられたミヨちゃんのお母さん。
 邪険にはしないけど、ちょっとおざなりに対応。こんなところで見知らぬ相手に長話に応じるつもりはないのだろう。
 やんわり拒絶の雰囲気は、傍でみていたミヨちゃんにもわかったほどだから、話しかけた当人も気づきそうなもの。
 なのにおばちゃんはツワモノだった。
 ロクすっぽ返事もしないというのに、次から次へと話を接ぎ穂してずんずん拡張してゆく。
 おかげで話しかけられた側は商品選びどころではない。
 だから「ええ、まぁ、それじゃあ」とじりじり距離をとろうとするも、ぴったりくっついてくる。
 これにはミヨちゃんも「えー」となる。
 どうにか開放されたのは、たまさかそのオバちゃんの知り合いがいたから。

「あら、おひさしぶり」「元気だった」

 そちらに気をとられているうちに、ミヨちゃんとお母さんはそそくさと移動をしてどうにか難を逃れた。
 充分に離れたところで、ミヨちゃんが「ねえ、お母さん。さっきの人って知り合い?」とたずねるもお母さんは「う~ん」と考え込む始末。「どこかで見かけたような、でもそれほど親しいわけじゃないわよ。誰だったかしら。少なくとも携帯に番号は入ってないと思うけど」

 ひとつところで長いこと暮らしていたら、大なり小なり交流関係は広がるもの。
 日々の行動範囲や生活圏は限られるので、顔を見かける機会もそれなりにあるだろう。
 とはいえ思い出せない。
 モヤモヤした気持ちのままで、レジにならぶ母子。
 するとまたもや、つつつと背後から忍びよる影がぼそり。

「アレは保険の外交員よ。ああやって獲物を物色しているの」

 ビクリとしてふり返るも、その時にはもう誰もいなかった。どうやら通りすがりに教えてくれたらしい。

 ……なんてことがあったの。
 と仲良しのヒニクちゃんに話したミヨちゃん。するとおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「人の身には微弱ながらも磁力が宿っているらしい」

 世の中にはやたらと押しの強い人がいる。
 世の中にはやたらと押しに弱い人がいる。
 両者はまるで磁石のように引きつけ合うからやっかい。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...