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980 つつつ
しおりを挟むお母さんにくっついてスーパーマーケットに行ったときのことである。
野菜の棚にて品物を物色しているお母さん。少しでもいい品を家族のために熱心に吟味している。
それを待つミヨちゃんはありがたく感じるけど、ちょっと退屈。あと「そもそも素人に目利きとかできるのかなぁ」と内心で思ったりもするけど、余計なことは言わない。
するとそんなお母さんの横に、スススと近づくご婦人の姿が。
年の頃は五十から六十くらいか。まぁ、どこにでもいるおばちゃんだ。
それが「すっかり白菜の値段が戻ったわねえ」と気安くお母さんに話しかける。
たまさか隣り合った者が、軽く二言三言、言葉をかわす。
とりたてて珍しい光景じゃない。
会話好きな人、人好きな人、気さくな人、物怖じしない人……。
そういう人はどこにでもいるもの。
何かの列とかに並んでいても、前後の人にやたらと話しかけるタイプはいる。
これを楽しいと感じるか、馴れ馴れしいと鬱陶しく感じるかは、その時々であろう。
話しかけられたミヨちゃんのお母さん。
邪険にはしないけど、ちょっとおざなりに対応。こんなところで見知らぬ相手に長話に応じるつもりはないのだろう。
やんわり拒絶の雰囲気は、傍でみていたミヨちゃんにもわかったほどだから、話しかけた当人も気づきそうなもの。
なのにおばちゃんはツワモノだった。
ロクすっぽ返事もしないというのに、次から次へと話を接ぎ穂してずんずん拡張してゆく。
おかげで話しかけられた側は商品選びどころではない。
だから「ええ、まぁ、それじゃあ」とじりじり距離をとろうとするも、ぴったりくっついてくる。
これにはミヨちゃんも「えー」となる。
どうにか開放されたのは、たまさかそのオバちゃんの知り合いがいたから。
「あら、おひさしぶり」「元気だった」
そちらに気をとられているうちに、ミヨちゃんとお母さんはそそくさと移動をしてどうにか難を逃れた。
充分に離れたところで、ミヨちゃんが「ねえ、お母さん。さっきの人って知り合い?」とたずねるもお母さんは「う~ん」と考え込む始末。「どこかで見かけたような、でもそれほど親しいわけじゃないわよ。誰だったかしら。少なくとも携帯に番号は入ってないと思うけど」
ひとつところで長いこと暮らしていたら、大なり小なり交流関係は広がるもの。
日々の行動範囲や生活圏は限られるので、顔を見かける機会もそれなりにあるだろう。
とはいえ思い出せない。
モヤモヤした気持ちのままで、レジにならぶ母子。
するとまたもや、つつつと背後から忍びよる影がぼそり。
「アレは保険の外交員よ。ああやって獲物を物色しているの」
ビクリとしてふり返るも、その時にはもう誰もいなかった。どうやら通りすがりに教えてくれたらしい。
……なんてことがあったの。
と仲良しのヒニクちゃんに話したミヨちゃん。するとおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「人の身には微弱ながらも磁力が宿っているらしい」
世の中にはやたらと押しの強い人がいる。
世の中にはやたらと押しに弱い人がいる。
両者はまるで磁石のように引きつけ合うからやっかい。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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