ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

944 おくじょう

　
　学校の屋上。
　それは数多の青春群像劇の主要舞台となった場所。
　主人公がナゾのヒロインと出会ったり、熱い男たちが拳で語り合ったり、ときには悲劇的な冒頭シーンに登場したり。
　マンガ、アニメ、ゲーム、小説……。
　屋上がからむ作品は枚挙にいとまがない。
　そしてジャンルも青春、恋愛、サスペンスなどなど多岐にわたる。
　だから学校といえば屋上で、屋上といえば学校。
　酸いも甘いも学校の屋上。

　少女マンガ大好きなミヨちゃん。
　膨大な数の作品を読み漁り、その影響にてずっと屋上と対面する日を楽しみにしていた。
　そうして、いざ小学校に入学した際には、仲良しのヒニクちゃんを誘って新入生の誰よりも先に、校舎の頂を目指した。
　短い手足でおっちらおっちら。校舎中央の階段を最上階までのぼるのはとってもたいへんだった。
　なにせ小学校にはエレベーターなんてシロモノはなかったから。いや、あるにはあったけど、それは給食などの貨物用。幼女二人ぐらいならばラクラク運べそうだけど、人間は使用禁止だったのであきらめるしかなかった。
　ふぅふぅ汗だくになりながらも、ようやく屋上へとつながる扉の前へとやってきたミヨちゃんとヒニクちゃん。
　スチール製の重そうな扉。
　ドアノブを回して、さぁ、屋上へ。だがしかし……。
　扉はビクともしなかった。
　安全対策のために鍵がしっかりかけられていたのである。
　これを前にしてミヨちゃんが叫んだ。

「話がちがうじゃない！　これじゃあ学園物語がはじまらないよ！」

　屋上の四方にはしっかり高いフェンスが設けられている。
　だからふつうに居る分にはなんら危険はない。
　でも子どもはそんな大人の配慮なんておかまいなしにヤンチャする。
　結果、不幸な事故などが起きることもある。すると全国で「屋上は危ない」運動が起こって、たちまち巷を席捲して、「屋上を封鎖せよ」となる。
「だったらすべての窓にもフェンスをつけろよ。その気になったらどこからでも飛び降りられるだろうが」との真っ当な主張は無視される。
　かくして安全対策との建前のもと、立ち入り禁止エリアが誕生する。
　で、誰も入れないとなるとかえって行ってみたくなるもの。
　ゆえに虎視眈々と機会を狙っていたミヨちゃん。
　ついにその時が！

「はーい、じゃあ、今日は屋上で風速計の実験をしまーす」とヨーコ先生。

　理科の授業で屋上に出られることになったミヨちゃん。「サプライズだよ」とたいそうよろこんだ。でも実際に足を踏み入れてみて「あれ？」と首をかしげる。
　想像していたよりもずいぶん狭い。埃っぽく、寒々しく、風もびゅうびゅう。そしてあんまり景色もよろしくない。これならばちょっと背の高いマンションからの方がよっぽど見晴らしがいい。

「こんなところに青春が本当に転がっているの？」

　ミヨちゃんのつぶやきを受けて、いつの間にかそばにいたヨーコ先生が遠い目をして言った。

「そうだよ、ヤマダさん。残念だけど屋上には愛も夢も出会いもないの。あるのはせいぜい腐れかけの友情ぐらい。私は高校時代にそれを学んだ」

　どうやらヨーコ先生は高校時代に屋上でだらだら過ごしていたらしい。
　経験者は語るである。重みと説得力がすさまじい。
　現実の厳しさを知って、がっくり肩を落とすミヨちゃんにヒニクちゃんがぼそり。

「まぁ、年がら年中吹きっさらしだし」

　雨風雪に黄砂まで。冬が極寒地獄と化し、
　夏にはキツイ陽射しにて灼熱地獄と化す。
　今日び場所を解放したとて、それこそヤンキーも寄りつくまい。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。