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937 どん

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 横断歩道にて。
 信号は赤だけど車の影はなし。
 だから「ええい、行っちゃえ」とペダルをこいだ自転車の高校生。
 とたんに進み出す自転車。
 しかし道路をなかほどまで進んだところで車がっ!
 急ブレーキの音が鳴り響くも間に合わない。

 どんっ。

 鈍く重たい音がした。
 自転車が跳ねられガチャンと哭いた。
 それと同時にボンネットの上を転がる高校生。その体がフロントガラスに当たったところで、ようやく車が停止。
 まるで世界が静止画のようになった。
 でもそれもほんの一瞬。
 すぐに世界はふたたび動き出す。
 黒い制服姿がごろりと転がり、車の上からずり落ちることによって……。

 しーんと静まり返ったのは子どもたち。
 交通事故の場面を目撃してすっかり固まってしまったのである。
 が、だいじょうぶ。
 これは小学校で行われている交通安全講習の一環のショーだから。
 とはいえみんなちょっと舐めていた。
 こういう見世物があることは知っており、どういうものかわかっていたから、「どうせたいしたことないだろう」ぐらいの軽い気分で臨んでいたのである。
 でも聞くと見るのとでは大ちがい。迫真の演技、生々しい音、実際の衝撃まで伝わるようで、まるで自身が体験したかのように感じて、すっかり気圧されてしまった。
 あまりのことにグスグス泣き出す子までいるほどであった。
 ようはお灸がちょいと効き過ぎたのである。

 高校生役のお兄さんがすくっと立ち上がり手をあげて健在ぶりをアピールしても、司会進行役の婦警のお姉さんが「だいじょうぶだよ。みんなも気をつけようねえ」と言っても会場の空気は微妙なままであった。
 そんな中でミヨちゃんは「すごい迫力だったよねえ。」と驚いており、チエミちゃんは「スタントマン、かっこいい」とほわほわし、アイちゃんは「とはいえ、さすがにおじさんに高校生役はキツイはね」と制服姿を酷評し、リョウコちゃんは「すごい反射神経だ。それに体の柔軟性もすごい」とホメる。
 交通ルールは守りましょう。
 横断歩道を渡るときには気をつけましょう。
 ということが大切なのは理解しつつも、ついついちがう視点で物事をみちゃう幼女たち。
 それらを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「交通事故が多いのは朝と夕方」

 朝の通勤通学の時間帯はみんな急いでいるから。
 黄昏時は一日の疲れがどっと出て、視認性が下がるから。
 ちなみに死亡事故は夜が圧倒的に多いとのこと。
 あと師走になると事故が増えるから注意しよう。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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