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924 かくめい
しおりを挟むミヨちゃんの住む界隈にて密かに話題になっている食べ物がある。
お年寄りたちの間でクチコミにて人気に火がついたのが、近所のスーパーマーケットの総菜コーナーで買える太巻き。一本、二百九十八円。
かつては太巻きが主役の時代があった。運動会とか、お祝いごととかのイベントのときに作られるごちそうにて、重箱なんぞにデデンとおさまっていたことが。
だが国が富み、美食が街にあふれ、世が飽食の時代へと移り変わってからは、その地位はみるみる低下した。
いまどきの子どもは太巻きをごちそうとは認識していない。
回転するお寿司を食べに行っても、手にとることはまずない。
回転しないお寿司を食べに行っても、大将に頼むことも稀であろう。
持ち帰り様のお寿司をみんなで食べたら、だいたい最後まで残っている。
いまや太巻きが活躍するのは節分のときぐらい。
だから総菜コーナーでもあんまりパッとしない存在だった。
なのに細々と売られ続けていたのは、やっぱり好きな人が一定数いたからなのだろう。
そのことに着目した。
のかどうかは定かではないけれども、スーパーマーケットの担当者が一念発起。新開発されたのが話題の太巻き。
特徴はいくつかある。
まずごはんがふんわりしている。ギュッギュッと押し寿司みたいに固くなってるやつが多い中にあって、軽い口当たり。握り寿司とおにぎりの中間ぐらいの固さが、とっても食べやすい。
次に中の具。キュウリ、タマゴ、しいたけ、かんぴょう……、それからカニカマ?
本当はアナゴを入れたかったらしいのだけれども予算の関係上、泣くなく。
とりたてて珍しい具材は用いられていない。けれども、このうちのしいたけとかんぴょうにとくにこだわった。
とはいっても素材を厳選していたらきりがないし、やはり予算が跳ね上がってしまうので、こだわったのは味つけ。
これら二種は煮詰めることで作られる。
そこに開発の余地を見い出した担当者は、研究に研究を重ねて、ジューシーで風味豊か、なおかつほどよくクセにある甘味を染み込ませることに成功する。
あとは海苔もなるべく歯切れのよいものを選んだ。
かくしてお値段以上の満足が得られ、食べた者がおもわず「おぉ!」とおどろく太巻きが完成した。
そして特に宣伝とかをしないのにもかかわらず、ジリジリと売り上げを伸ばしてくことになる。
そんな話題の太巻きを昼食用にとおばあちゃんに買ってもらったミヨちゃん。
せっかくだからと仲良しのヒニクちゃんを誘って、いっしょに外で楽しもうと考える。
二人して向かったのは河川敷の土手。
お日さまポカポカ、風ゆるやかにて、澄んだ青空が高く、馬肥える秋のいい天気。
石段のところで並んで腰かけ、いざ、実食!
「どれどれ、まぁ、しょせんはスーパーのだからねえ……って、ウマっ! えっ、かんぴょう超ウマっ! 味がしみしみだよっ!」
ひときれ手にとり、パクっとだいたんに頬張ったミヨちゃん。
おどろきのあまり目をかっと見開く。
勧められるままにヒニクちゃんも食べてみたら、これまた目がカッとなった。
「たまにテレビで地方のスーパーの名物なんかが放送されることがあったけど、コレもそのうち取材がくるんじゃないかなぁ」
ミヨちゃん、太巻きをベタ褒め。
コクコクうなづきながらヒニクちゃんも言った。
「これは革命が起こるかもしれない」
一つのヒット作が起爆材となって、停滞していた業界に開発競争の嵐を
巻き起こすことがごく稀にある。全体が底上げされて新たな
ステージへの扉が開かれることが。可能性はどこにでも転がっている。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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