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912 かがみや
しおりを挟む山奥のパン屋さんとか、住宅街にある料理屋さんとか、おひとりさま専用の本屋さんとか、路地裏にてひっそり営業しているカフェとか……。
あえて宣伝はせず、チラシもうたず、看板すらもなく、店構えもぜんぜんそれらしくない。自ら広報活動はしない。それこそツイッターやホームページすらも開設しない。
まるで時代と逆行したかのような経営方針。
近頃、そんな超隠れ家的なお店が流行しているらしい。
そんなお店がテレビなどでとりあげられることもしばしば。
その様子をみて他人事ながらに「だいじょうぶなのかしらん」と心配していたのがミヨちゃん。
殿様商売というよりもお姫様商売とでもいおうか。
本当にそんなのでやっていけるのか。ずっと疑問に感じつつ、さりとてしょせんは遠い世界のお話。なかば都市伝説みたいな感覚であったソレが、なんと身近に出現したもので、ミヨちゃんはたいそう驚いた。
場所は馴染みの商店街の一画である。
この商店街をまとめるのは、本職も裸足で逃げ出すような強面の容姿をした組長なる人物。見た目に反して世話好きの気のいいおっさんなのだが、その人からミヨちゃんは話を聞いた。
でもって、さっそく仲良しのヒニクちゃんをさそってのぞきに行ってみることにする。
店と店との間にある細い路地。
途中にはパイプやらエアコンの室外機に、青いプラスチックのゴミ箱やら中身がわからない箱なんぞが置かれてあって、子どもの身でも通るのに苦労する。体格のいい大人ならばさぞや難儀することであろう。
ぶっちゃけ道と呼ぶのも図々しいようなあり様。
ネコ道と称したほうがまだしっくりくる。
湿気で空気がじっとり。ニオイもややカビくさい。
見上げたら切り取られた空がわずかに見えた。
視線を戻すと奥の方で小さな何かが横切ったような気がして、ミヨちゃんはビクリ!
びくびくしながら進むうちに、ついに突き当りへと到達。
そこには白塗りの扉が一枚あるばかり。
場違いといえば場違いなんだけど、妙に品がある佇まい。
金色のノブのところには、クローズと英語で書かれた小さなボードがかけられてある。
どうやら営業はしていないらしい。
でもって、ソレ以外には何もなし。
看板もなければ、説明する告知ボードの類もなし。
だから見た目だけでは何のお店なのか、そもそもお店なのかすらもわからない仕様となっている。
「組長の話では、ここって鏡の専門店らしいよ」
情報によれば、店主は妖艶な美魔女。あちこちがはちきれんばかりに、ムチムチらしい。
でもってあつかう商品は鏡オンリー。
古い品から、芸術性の高い品、注文も受けつけているらしい。
ゆえに店内も鏡だらけ。
組長いわく「まるで万華鏡の中に迷いこんだような気になる」とのこと。
だからワクワクしながらやってきたというのに、肝心のお店がやっていないのではしようがない。
ガッカリして諦めて帰ることにしたミヨちゃんたち。
路地を出て明るい世界に戻ったところで、ヒニクちゃんがぼそり。
「鏡ってちょっと不気味かも」
左右が反転して表示される鏡面。
二枚の鏡を合わせると、どこまでも幾重に世界が連なる。
小難しい理屈はともかくとして、なんだかゾワッとくる。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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