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910 ゆうたい
しおりを挟む大人がやや頭を下げないと通れない高架下がある。
自転車はやばい。乗ったままだとうっかりすると頭をこすって、ジョリっとなっていしまう。
まぁ、それがわかっていて勢いよく突っ込む中高生とかもそこそこいるけど。
でもってそんな場所だけど、普通乗用車はいちおう通れる。
けどこれがタクシーとなると、とたんに怪しくなる。
なにせタクシーの屋根には社名を記した光るマークがのっているから。
ギリギリいけても、何かのはずみで車体が上下したら、もうダメ。
あるいはタイヤの圧が多めだったり、空き缶や石ころでも踏んだらアウト。
ガタンとしてゴリッ。
削れる程度ですめばマシなほうで、ひどいと根元からマークが折れてぽろり。
ならばそんな危険なところを通らなければいいのだけれども、これが近道にてえらく時短になるものだから、ついつい。最寄りの踏切はなかなか開かないことで有名なのである。
そんなわけでいつの頃からか、タクシードライバーたちからは別名「提灯殺し」と呼ばれていた低い高架下。
便利は便利なので、ずっと拡張工事の要望があちこちから起こっていたのだけれども、その願いもむなしく、ついに高架下そのものが無くなることに決定した。
ちょいと地面を掘ったらいいのに……。
とは素人考えにて、深く掘り下げたら雨とかでたやすく冠水してしまうし、地盤的にもよろしくなく、周囲にまで悪影響をおよぼしかねない。
かといって維持し続けても鉄道会社には何らメリットがない。
むしろ事故やトラブルが起こるたびに、文句を言われたり、訴えられたり、事後処理に追われたりと、煩わしいことだらけ。
それでも地元からのたっての声に応える形で、これまではガマンしてきたけれども、時代も変わればば経営者も変わり、そのスタイルも変わった。
今日び、義理人情なんて流行らない。
大切なのは数字。
現経営陣、あっさりざっくり不採算なモノを切り捨てる。
「もし文句があるのならば、そっちが工事と管理の費用を負担しろ」
と言われれば、誰も何も言えなくなってしまう。
市に訴えたところで、そちらにも余裕なんてない。なによりこの手の工事は想像以上にお金と手間がかかるのである。
そのくせ恩恵を得られるのは地元のごく一部ときては、さすがに同情しつつも請け合うことはかなわない。
かくしてミヨちゃんの地元から、またひとつ旧所が姿を消すことになった。
無くなるとわかると、急に惜しくなってくるもので、とたんに提灯殺しに殺到する人々。
ミヨちゃんも週末にヒニクちゃんをともなって訪れる。
「雨とかが急に降りだしたときには、駆けこむの便利だったんだけどねえ」
ときおりバケツをひっくり返したような雨が降るようになってひさしい。
あまりの勢いにて店や家の軒先程度では、とてもしのげない。
その点、ここは電車の線路を支えているだけあって頑強な造り。カミナリもへっちゃらにて、子どもにとっては緊急時のシェルターとしてとっても役立っていた。
そんな想い出話をつらつらしつつ、高架下を通り抜けた二人の幼女。
するとおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「惜しまれつつ引退できるうちが華」
惜しまれもしないのに居座り続けては、裏でボロクソ。
云われているのに当人だけは気づいていない。
そんな笑えない道化が存外に多いのよね。邪魔だって。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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