902 / 1,003
898 かわざん
しおりを挟む齢九十になる双子の姉妹がいる。
まぁ、元気。
二人で小料理屋を営んでおり、ばりばりの現役。
「貧乏ひまなしだよ」
「休みなんていつとったかしら」
といって調子にて、朝は九時から、夜は十二時まで連日働きづめ。
お店を閉めるのは正月の三が日ぐらいときたもんだ。
いくらなんでも働きすぎ。さすがに家族や周囲が気をもむも、当人たちはへっちゃらでかくしゃくとしている。
そればかりか息子や娘たちどころか孫たちの方が、年齢的にカラダに不調を抱えているていたらく。
とにかく双子そろって頑丈な性質に生まれた。
そのことを「ありがたい」と感謝しつつ、毎日、楽しそうに立ち居振る舞っている。
その様子にお店の常連たちは「やっぱりやりがいがあるのが長生きの秘訣なのかねえ」とうんうん。
一方で、何不自由ない暮らしを手に入れたのに、ぽっくり逝った人がいる。
男性なのだが、会社員として勤め上げて、めでたく定年退職。
その最期の帰り道に気まぐれで買った宝くじが、大当たり。
一等ではなかったものの、けっこうな高額を手にする。
退職金ともども、これからは悠々自適な生活を!
と考えて、いままで控えていた贅沢を楽しむ。
贅沢といっても、たかがしれている。ちょっと旅行に行ったり。ちょっと外食に行ったり。ちょっと身の回りの小物を新調したり。前から欲しかったオーディオセットを買ったり、妻が望んでいた家のリフォームをしたり。
これまでがんばってきたことを考えれば、ほんのささやかな自分へのご褒美。
大金を得たからとて、急に身を持ち崩すほどのこともない。
ハメを外すのにもまた度胸がいるのだ。
でも、ある程度、思いつく限りの願望をかなえたところで、男性はがくりときた。
カラダではない。ココロが唐突にへにゃり。
ペッキリ折れたのならば周囲もすぐに気づけたのだろうけど、ぐにゃっといったのがよくなかった。表面的には「ちょっとはしゃぎつかれた」ぐらいにしか見えなかった。
なもので、わかったときには気力がごっそりと枯渇してしまっていた。
ずっとガムシャラに生きてきた男。
目標を失ったことによる喪失感が、自分でもわからないぐらいに己を蝕んでいたのである。
結果として、気力に続いて体力もガタ落ちし、ついにはそのまま……。
退職してから、わずか五年余りのちのことである。
そんな彼の姿を目にして周囲の者たちはこう思った。
「盲導犬と同じだな。ある日、お役御免となるのだが、とたんに老け込んでしまうという」
労役から解放される。ストレスから解き放たれる。
それはたしかに楽になれること。しかしずっとそうやって生きてきた者からすれば、逆にものすごい心労を引き起こすことになる。
かといって最初っから生涯現役を義務付けられるのも、ちょっと……。
……と、これはテレビの健康食品の通販番組の内容。
ドラマ仕立てのあとに「そんなあなたに」と商品の紹介が続く。
そのサプリについてや、この宣伝手法の良し悪しについては、脇へと置いておき、ついつい見入ってしまったミヨちゃんは首をかしげた。
「けっきょくのところ、どっちなんだろう?」
健康とお金、どちらに重きをおくべきか。
それが問題だ。
いっぱい働いてお金を稼ぐ。でもそのせいでボロボロになっては意味がない。
しかしがんばらないと稼げない。だからとて大金を手にしてもそのせいで身を持ち崩す。
でもって「元気に働けるのがしあわせ」というご意見まである。
人生とはいったい……。
と幼女は悩む。
それを受けていっしょに番組を見ていたヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。
「とらぬタヌキの皮算用」
お金がいっぱいでも不幸だと思う人は思う。
仕事が順調でも不幸だと思う人は思う。
マラソン大会の前夜。「あー、イヤだなぁ。カゼでもひかないかなぁ」と
お腹を出して寝たのに、ビクともしない自分の健康を嘆く者もいる。
ないものねだりは人の性。欲ではなくて本能だからしようがない。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる