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898 かわざん

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 齢九十になる双子の姉妹がいる。
 まぁ、元気。
 二人で小料理屋を営んでおり、ばりばりの現役。

「貧乏ひまなしだよ」
「休みなんていつとったかしら」

 といって調子にて、朝は九時から、夜は十二時まで連日働きづめ。
 お店を閉めるのは正月の三が日ぐらいときたもんだ。
 いくらなんでも働きすぎ。さすがに家族や周囲が気をもむも、当人たちはへっちゃらでかくしゃくとしている。
 そればかりか息子や娘たちどころか孫たちの方が、年齢的にカラダに不調を抱えているていたらく。
 とにかく双子そろって頑丈な性質に生まれた。
 そのことを「ありがたい」と感謝しつつ、毎日、楽しそうに立ち居振る舞っている。
 その様子にお店の常連たちは「やっぱりやりがいがあるのが長生きの秘訣なのかねえ」とうんうん。

 一方で、何不自由ない暮らしを手に入れたのに、ぽっくり逝った人がいる。
 男性なのだが、会社員として勤め上げて、めでたく定年退職。
 その最期の帰り道に気まぐれで買った宝くじが、大当たり。
 一等ではなかったものの、けっこうな高額を手にする。
 退職金ともども、これからは悠々自適な生活を!
 と考えて、いままで控えていた贅沢を楽しむ。
 贅沢といっても、たかがしれている。ちょっと旅行に行ったり。ちょっと外食に行ったり。ちょっと身の回りの小物を新調したり。前から欲しかったオーディオセットを買ったり、妻が望んでいた家のリフォームをしたり。
 これまでがんばってきたことを考えれば、ほんのささやかな自分へのご褒美。
 大金を得たからとて、急に身を持ち崩すほどのこともない。
 ハメを外すのにもまた度胸がいるのだ。
 でも、ある程度、思いつく限りの願望をかなえたところで、男性はがくりときた。
 カラダではない。ココロが唐突にへにゃり。
 ペッキリ折れたのならば周囲もすぐに気づけたのだろうけど、ぐにゃっといったのがよくなかった。表面的には「ちょっとはしゃぎつかれた」ぐらいにしか見えなかった。
 なもので、わかったときには気力がごっそりと枯渇してしまっていた。
 ずっとガムシャラに生きてきた男。
 目標を失ったことによる喪失感が、自分でもわからないぐらいに己を蝕んでいたのである。
 結果として、気力に続いて体力もガタ落ちし、ついにはそのまま……。
 退職してから、わずか五年余りのちのことである。
 そんな彼の姿を目にして周囲の者たちはこう思った。

「盲導犬と同じだな。ある日、お役御免となるのだが、とたんに老け込んでしまうという」

 労役から解放される。ストレスから解き放たれる。
 それはたしかに楽になれること。しかしずっとそうやって生きてきた者からすれば、逆にものすごい心労を引き起こすことになる。
 かといって最初っから生涯現役を義務付けられるのも、ちょっと……。

 ……と、これはテレビの健康食品の通販番組の内容。
 ドラマ仕立てのあとに「そんなあなたに」と商品の紹介が続く。
 そのサプリについてや、この宣伝手法の良し悪しについては、脇へと置いておき、ついつい見入ってしまったミヨちゃんは首をかしげた。

「けっきょくのところ、どっちなんだろう?」

 健康とお金、どちらに重きをおくべきか。
 それが問題だ。
 いっぱい働いてお金を稼ぐ。でもそのせいでボロボロになっては意味がない。
 しかしがんばらないと稼げない。だからとて大金を手にしてもそのせいで身を持ち崩す。
 でもって「元気に働けるのがしあわせ」というご意見まである。
 人生とはいったい……。
 と幼女は悩む。
 それを受けていっしょに番組を見ていたヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。

「とらぬタヌキの皮算用」

 お金がいっぱいでも不幸だと思う人は思う。
 仕事が順調でも不幸だと思う人は思う。
 マラソン大会の前夜。「あー、イヤだなぁ。カゼでもひかないかなぁ」と
 お腹を出して寝たのに、ビクともしない自分の健康を嘆く者もいる。
 ないものねだりは人の性。欲ではなくて本能だからしようがない。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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