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874 すきま

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 ピカピカの新居だとて、人が施工に関わっている以上は、大なり小なり何がしかの不具合が生じる。家とはそういうものであり、長く付き合うものなのだから。
 ゆえにそれを不具合というのは、あまりにも酷というもの。
 とはいえ、とてもささいなことでも、気にする人は気にするもの。
 こればっかりは理解と性分の問題なので、いかんともしがたく。

 で、築うん十年のミヨちゃんの家では、おじいちゃんの代から住んでいるので、いまさら気にするような箇所なんぞない。
 というか気にしていたら、キリがないというべきか。
 必要に応じて、その都度、増改築やらリフォームやらリノベーションやらをしてきたから、生活空間そのものは快適なもの。
 お風呂やトイレ、台所などの水回りはごっそり入れ替えて今風だし、各部屋にしても床を張り替えたり、畳を替えたり、壁紙を替えたり、それなりに手を加えてある。
 どれも満足のいく仕事ぶりにて、どうやらヤマダ家は業者との縁に恵まれたらしい。
 おかげで日々を安穏と過ごしていたミヨちゃん。

 ある日のこと。
 自分の部屋の天井の隅っこに、細い隙間を発見する。
 実際に壁がどうこうなっているわけじゃない。
 壁紙と壁紙の接地面に隙間が生じただけのこと。
 いくらぴっちり貼ってあったとて経年劣化すれば、どうしたって起こる現象。
 だから当初はミヨちゃんも気にしていなかった。
 しかし穴のあいた服が、そこからどんどんほつれていくように、隙間もまた広がっていく。勝手に回復する人の皮膚のようにはいかない。

「このまま放置していたら、ますますひどくなるかも……」

 心配したミヨちゃんはお母さんに相談。
 でも現場を見たお母さんは「うーん」と考え込んでしまう。
 隙間といってもほんの小指の爪の先ほどもない。
 数字にすれば、せいぜい五ミリ程度だろう。
 わざわざ業者を呼んで壁紙を補修してもらうほどではないし、かといって地味に目立つ。
 いっそ素人細工のDIYチャレンジという選択もあるが、アレって手間と金と時間がかかるわりに、たいてい失敗する。テレビでうまいことやっているのは、やる人たちが巧いからだ。もしくはちゃんとした専門家がその都度的確にアドバイスをしているか、裏で手を貸しているから。
 トーシローのアイドルやモデルがいきなりテキパキやれるほど、職人の技術は安くはない。
 なのにテレビの企画を鵜呑みにして「自分でもやれるかも」と錯覚したせいで、散々な結果に終わるなんてことも容易に予想されて、ミヨちゃんのお母さんはなかなか決断ができない。

「いずれはちゃんと張り替えるとして、とりあえずどうしても気になるのなら、パテとかで隙間を埋めとく?」

 そうお母さんから提案されて、今度はミヨちゃんが「うーん」と考え込むことに。
 パテで埋めるのにもまた上手下手が生じる。
 以前、お風呂場をリフォームする前のこと。
 地震のひょうしに風呂釜と壁のタイルの間に隙間ができたことがある。
 このままでは水がじゃぶじゃぶ隙間から下に漏れて、あっという間に床下が腐ってしまう。それを防止しようとお父さんがチューブ式のシリコンにて、隙間を塞ごうとしたのだが、その出来栄えたるや散々であった。
 水こそはちゃんと防げたものの、表面がざらざら、でこぼこにて、そこに黒カビが生えまくって、えらいことに!
 それを間近に目にしていたからこそ、ミヨちゃんはお母さんの提案に安易にうなづくことができない。最悪、大惨事になる可能性が高いから。
 気になる隙間を埋めようとして、よけいに気になったら本末転倒である。

「はぁ……、どうしたものかねえ」

 下校時にミヨちゃんからタメ息まじりに相談を受けたヒニクちゃん。
 しばし思案ののちに、おもむろに口を開いた。

「隙間を埋めたくなるのは、人の本能」

 コンビニやスーパーに買い物カゴが置いてあるのは、
 お客様に不自由させないため? ううん、ちがうよ。
 手にしたカゴがスカスカだと落ち着かなくて、埋めたくなる。
 自然と働くそんな人の心理を狙ってだよ。
 近代資本主義の象徴のひとつが、そんなに甘いわけないでしょ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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