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864 ひがん
しおりを挟む暑さ寒さも彼岸まで……。
などということわざがあるように、夏の暑さも冬の寒さも春秋の彼岸あたりで和らいでくるもの。
ちなみにお彼岸は春分の日と秋分の日の頃のこと。
春が三月二十日ぐらい、秋が九月二十三日前後あたりが、これに該当している。
彼岸花ならば知っているけれども、彼岸桜もあることを知っている人は、わりと少ないかも?
あとはシンドイことが続いていても、いつかは風向きがかわるみたいな意味でも、人生訓としても使われることわざ。
まぁ、ことわざの真偽についてはさておき、気候の方が変化をみせるのは本当のこと。
でもって、連日、三十度も半ばが当たり前だった残暑が、秋のお彼岸シーズンになったとたんに、ぐんと気温が下がった。日中でも三十度に届かず、朝夕ともなれば二十度近くにまで下がる。
おかげで一気に快適に過ごせるように!
とは、なかなかならないのが人体のふしぎ。
夏の暑さに慣れていた体が、今度は涼しさに対応しきれない。
ずっと働きっぱなしだったサラリーマンが、定年退職を迎えて、そこから先、どうやって過ごしたらいいのか途方にくれる。
みたいな感じで、環境の変化をもてあましちゃう。
加えてやっかいなのが夏場に蓄積されていた疲労。
暑さのせいで、ただでさえバテやすい時期なのに、食欲の減退、水分の過剰摂取、エアコンの多用とかで乱高下する周囲の状況。もろもろが重なって肉体はヘロヘロなのに、さらに自律神経までガッタガタ。
ゆえにこの時期に体調を崩す人はとても多い。
かくいうミヨちゃんのお父さんもまた、この頃、お腹の調子がちょっと悪い。日に何度もトイレに駆け込むほど。
夏の暑さはビールにとっては最高のパートナーゆえに、ついつい過ぎた酒。若いときのように無理が利かない体だとはわかっていても、やめられない止まらない。
で、すっかり胃腸が弱ってしまった。
ならばおとなしく寝ていればいいものを、それが許されないのが大人の社会であり、一家を支える大黒柱であり、そのくせ摂生できないのが酒飲みという人種。
お母さんから「ダメだ!」といわれているのに、ついつい飲んでしまう。
そのせいでここのところは、すっかり胃腸薬のお世話になりっぱなし。
「腹を下すことがわかっているのに飲む。ムダじゃないかな?」
酒呑みの心理はわからない。
そんな感想を口にしたのはミヨちゃん。いつものごとく仲良しのヒニクちゃんとの下校時のことである。
上から飲んだはしから、下から出ていく。
それはまるで穴のあいたバケツに、水を注いでいるようなもの。
ビール類は高価というほどではないけれども、連日消費されるとなれば、けっこう家計に響く。胃腸薬だってタダじゃない。
「っていうかさぁ。あんな苦いモノ、どうして美味しいって思うんだろう。よくノド越しがどうのとか、泡立ちがどうのってお父さんが言ってるけど……」
大人と子どもでは味覚がちがう。そのことは知っている。
コーヒーの場合、ミヨちゃんはミルクたっぷり、砂糖たっぷりで、ようやく飲める。
でもお父さんとか大人たちはブラックで飲んでは「香りがいい」とか「美味しい」という。
幼女の口では気になるピーマンやゴーヤの苦味も、大人たちはわりとへっちゃら。「ウマウマ」いいながら食べている。
ミヨちゃんも好奇心からお父さんに頼んで、ビールをほんの少し舐めさせてもらったことがあるけれども、はっきりいって、ただただ苦いだけであった。
なによりも納得がいかないのが……。
「あんな飲み物がコーラより高いってのが、わけわかんないよ」
水よりもジュースの方が価格が高い。その理屈はわかる。
でもジュースよりお酒が高いのが、いまいちピンとこない。
だって美味しくないし、べろんべろんになるし、家計を圧迫するし、次の日にまで悪影響が及ぶし、最悪、身を持ち崩すことさえもあるという。
といった具合にて、幼女の目から見るとロクなもんじゃない。
そんな不満をぶちまけるミヨちゃん。「けっきょく涼しくなっても飲むんだよねえ」とあきれ顔。
するとここでヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。
「彼岸は仏教用語の側面を持つ」
煩悩を脱して悟りの境地へと達する、みたいな。
酷寒や酷夏すらをも撃退する彼岸でも、断ちがたきはお酒。
ある意味、大自然よりもよっぽどやっかいな存在なのかも。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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