上 下
858 / 1,003

864 ひがん

しおりを挟む
 
 暑さ寒さも彼岸まで……。
 などということわざがあるように、夏の暑さも冬の寒さも春秋の彼岸あたりで和らいでくるもの。
 ちなみにお彼岸は春分の日と秋分の日の頃のこと。
 春が三月二十日ぐらい、秋が九月二十三日前後あたりが、これに該当している。
 彼岸花ならば知っているけれども、彼岸桜もあることを知っている人は、わりと少ないかも?
 あとはシンドイことが続いていても、いつかは風向きがかわるみたいな意味でも、人生訓としても使われることわざ。
 まぁ、ことわざの真偽についてはさておき、気候の方が変化をみせるのは本当のこと。
 でもって、連日、三十度も半ばが当たり前だった残暑が、秋のお彼岸シーズンになったとたんに、ぐんと気温が下がった。日中でも三十度に届かず、朝夕ともなれば二十度近くにまで下がる。
 おかげで一気に快適に過ごせるように!
 とは、なかなかならないのが人体のふしぎ。
 夏の暑さに慣れていた体が、今度は涼しさに対応しきれない。
 ずっと働きっぱなしだったサラリーマンが、定年退職を迎えて、そこから先、どうやって過ごしたらいいのか途方にくれる。
 みたいな感じで、環境の変化をもてあましちゃう。
 加えてやっかいなのが夏場に蓄積されていた疲労。
 暑さのせいで、ただでさえバテやすい時期なのに、食欲の減退、水分の過剰摂取、エアコンの多用とかで乱高下する周囲の状況。もろもろが重なって肉体はヘロヘロなのに、さらに自律神経までガッタガタ。
 ゆえにこの時期に体調を崩す人はとても多い。

 かくいうミヨちゃんのお父さんもまた、この頃、お腹の調子がちょっと悪い。日に何度もトイレに駆け込むほど。
 夏の暑さはビールにとっては最高のパートナーゆえに、ついつい過ぎた酒。若いときのように無理が利かない体だとはわかっていても、やめられない止まらない。
 で、すっかり胃腸が弱ってしまった。
 ならばおとなしく寝ていればいいものを、それが許されないのが大人の社会であり、一家を支える大黒柱であり、そのくせ摂生できないのが酒飲みという人種。
 お母さんから「ダメだ!」といわれているのに、ついつい飲んでしまう。
 そのせいでここのところは、すっかり胃腸薬のお世話になりっぱなし。

「腹を下すことがわかっているのに飲む。ムダじゃないかな?」

 酒呑みの心理はわからない。
 そんな感想を口にしたのはミヨちゃん。いつものごとく仲良しのヒニクちゃんとの下校時のことである。
 上から飲んだはしから、下から出ていく。
 それはまるで穴のあいたバケツに、水を注いでいるようなもの。
 ビール類は高価というほどではないけれども、連日消費されるとなれば、けっこう家計に響く。胃腸薬だってタダじゃない。

「っていうかさぁ。あんな苦いモノ、どうして美味しいって思うんだろう。よくノド越しがどうのとか、泡立ちがどうのってお父さんが言ってるけど……」

 大人と子どもでは味覚がちがう。そのことは知っている。
 コーヒーの場合、ミヨちゃんはミルクたっぷり、砂糖たっぷりで、ようやく飲める。
 でもお父さんとか大人たちはブラックで飲んでは「香りがいい」とか「美味しい」という。
 幼女の口では気になるピーマンやゴーヤの苦味も、大人たちはわりとへっちゃら。「ウマウマ」いいながら食べている。
 ミヨちゃんも好奇心からお父さんに頼んで、ビールをほんの少し舐めさせてもらったことがあるけれども、はっきりいって、ただただ苦いだけであった。
 なによりも納得がいかないのが……。

「あんな飲み物がコーラより高いってのが、わけわかんないよ」

 水よりもジュースの方が価格が高い。その理屈はわかる。
 でもジュースよりお酒が高いのが、いまいちピンとこない。
 だって美味しくないし、べろんべろんになるし、家計を圧迫するし、次の日にまで悪影響が及ぶし、最悪、身を持ち崩すことさえもあるという。
 といった具合にて、幼女の目から見るとロクなもんじゃない。
 そんな不満をぶちまけるミヨちゃん。「けっきょく涼しくなっても飲むんだよねえ」とあきれ顔。
 するとここでヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。

「彼岸は仏教用語の側面を持つ」

 煩悩を脱して悟りの境地へと達する、みたいな。
 酷寒や酷夏すらをも撃退する彼岸でも、断ちがたきはお酒。
 ある意味、大自然よりもよっぽどやっかいな存在なのかも。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...