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856 じゃない
しおりを挟む二十数年前に僻地の村で起きた一家五人惨殺事件。
その悪夢が時を経て蘇る。
閉鎖された環境の中を逃げ惑う登場人物たち。
追いかけてくるのは斧を持つ何者か。
おどろおどろしい表紙のイラスト。
書かれてある紹介文もまたおどろおどろしい。
序盤のページをぱらぱらめくれば、凄惨なシーンから物語は始まる。
あっという間に引き込まれる。つかみは十分。
ほんの数行読めば、もう先が気になってしようがない。
ドキドキ、わくわく、怖いもの見たさも手伝って、一心不乱に読み進めていたのは、インターネットで「おすすめ」されていたミステリホラー小説。
それを購入して読んでいたのは、ヤマダ家の次男坊。
ミヨちゃんの高校生のタカ兄は、いろいろずぼらないまどきの若者でありながらも、ライトノベルからSFにミステリーに、ネット小説まで、わりと守備範囲の広い読書家な一面を持つ。
でもって「夏といえばやっぱり怪談でしょうよ」とばかりに、終わりゆく夏のメモリアルとして、この本を手にとったのだけれども……。
「っじゃねー」
深夜十二時を半ばほど過ぎたところで、鳴り響く声。
発したのはタカ兄である。
そして驚いたのは家族たち。
父母、長兄はまだ起きていたので、おっとり刀で「なんだ?」と次兄の部屋へ。
とっくに就寝していた末妹のミヨちゃんとおばあちゃんは寝ぼけまなこで「うるさいなぁ」と顔を出す。
で、なにごとかと思えば興奮しているタカ兄が言った。
「これじゃねーんだよ」
どうやら読破した本の内容が気に入らなかったらしい。
タカ兄は読書に集中したいときに、ヘッドホンにて音楽を聴きながら読む習慣がある。
でもそのせいで、自分ではわからないものだから、うっかり大きな声をあげたりしちゃうのだ。
それゆえに、ごく稀に似たような出来事が起こるので、家族は「またか」とあきれ顔にてすぐに散開。ミヨちゃんもまた自室に戻って、夢の中へと。
なんぞということがあったと、あくびまじりに報告したのはミヨちゃん。
いつものごとく仲良しのヒニクちゃんとの下校時のこと。
「なんでも前半はいい感じのホラーだったんだって。でも後半がとんだ肩透かしで、生ぬるい展開。じつはぜーんぶ『やらせでした』ってオチで、興冷めもいいところだって」
朝食の席でも家族相手に文句たらたらの次兄。
けれども肝心の作品の内容を知らない家族からすると、なんのこっちゃい。
なお作品そのものの出来自体は悪くなかったらしい。いや、むしろ良作のミステリーに分類されるほどのもの。
ただ惜しむらくは、ホラーテイストを売りにしていたぶん、それを期待した読者にとっては「うーん」となってしまった。
「でも、タカ兄の気持ちもちょっとわかるかな。『そうじゃないのに』っていう展開のマンガとかドラマって、けっこうあるんだよねえ。へんにひねりすぎたせいで、おかしな方向にいっちゃったやつとか」
やりたいことと、やれることが合致しない。もしくは求められていることと、提供する内容が微妙にかみ合っていないことで起こる悲劇。
これを「じゃない現象」と呼ぶ。
とはミヨちゃんが勝手に命名した。
それを受けておもむろにヒニクちゃんが口をひらく。
「名作となるか、珍作となるかは、けっこう紙一重」
不条理がまかり通るホラー系は、なんでもアリな点が
魅力でもあり、また欠点でもある。
ちなみに前半と後半で妙にギクシャクするのは、
たいてい細かいところを詰めないで、見切り発車したせい。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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