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843 じゅうし
しおりを挟む「ねえねえ、これってコヒニさんのところのことじゃないの?」
クラスメイトからそう言われて見せられたのは、プリントアウトされた一枚の紙。
そこに載っていたのは怪談スポットのこと。
都市伝説を扱う某掲示板にて情報がアップされていたらしいのだけれども。
ちなみにコヒニさんとは、ヒニクちゃんのこと。
ヒニクちゃんの本名はコヒニクミコ。
お忘れの方もいるかもしれないから説明しておくと、一日平均百文字前後の会話量で過ごす超省エネ幼女の彼女は、たまに口をひらくとけっこうズケズケ辛辣な指摘をするゆえに、いつしかついたあだ名がヒニクちゃん、なのである。
でもって、画像は多少ぼやけているけれども、たしかに見る人が見ればわかる解像度。
付随してある情報からも、これまた知る人ならば容易に場所が特定できる。
紙を手にしてながめていたヒニクちゃん。その肩越しからひょっこりのぞきこんだミヨちゃんが「これはたしかにそうだねえ」とフムフム。
情報を教えてくれたクラスメイトの話では、もとから都市伝説とか怖い話が好きな子にて、「うちの近所にもどこかないかなぁ」とネットサーフィンをぶらぶらしているときに、たまたま見つけたとのこと。
「それにしても『呪われた人形の家』ってタイトルはヒドイな」
いかにもなチープのタイトルと内容に、あきれていたのはスポーツ少女のリョウコちゃん。
「まぁ、人形の家ってのはまちがってはいないけどねえ。とはいえ呪いとはなんともベタな」
紙に載ってる情報を読みながら「ぷぷぷ」と笑うのは、容姿能力その他もろもろがすっぽり平均値におさまっているチエミちゃん。
「えー、なになに。カーテンの隙間から家の中をのぞくと、バラバラにされた人形の手足がたくさん吊るしてあった。黒髪の女の幽霊が家の中を徘徊しているばかりか、黒い鬼が近隣をも徘徊しており、うかつに家に近づくと追いかけてくる。なお子どもの動く人形が……」
文章を読み進めるうちに、ミヨちゃんの声のトーンがどんどん下がっていく。
なぜなら、黒髪の幽霊はたぶんヒニクちゃんのお母さんで、売れっ子人形作家のコヒニサユリのこと。黒い鬼ってのはヒニクちゃんのお父さんで、未来からきたサイボーグの異名をもつ巨躯のコヒニイサム。でもって、子どもの動く人形ってのは、二人の一粒種である愛娘のコヒニクミコ。
彼らのことを知ってる人間からして「あっちゃー」とつい納得してしまうので、赤の他人の第三者からしたら、怪異に見えても仕方がない?
なお黒い鬼に追いかけられたという話は、たぶん勝手に家の敷地内に入り込もうとしたり、家の中をのぞこうとしたためと思われる。
「そりゃあ、ふつうは声をかけるわよ。どう考えたって相手の方が不審者だもの」
肩をすくめたのはクラスのオシャレ番長のアイちゃん。怖い系は大の苦手にて話がはじまったとたんに逃げていたのだけれども、どうやらちがうらしいとわかって安心し、会話の輪に加わる。
いつの間にやらネットで怪談スポットにされていたヒニクちゃんの家。
このままでは不躾な輩が押し寄せて、当人だけでなくご近所トラブルにまで発展しちゃうかも。なにせ肝試しと称して、この手の場所に出向く酔狂な連中は、とかくマナーがなっちゃいない。
夜中でも騒ぐし、ゴミは捨てるし、落書きはするし……とやりたい放題。
友だちのピンチにどうしたものかと頭を悩ますミヨちゃんたち。
でも、ポツリとヒニクちゃんがつぶやく。
「うん。たぶんだいじょうぶ」
ネット社会ゆえにデマが拡散するスピードが尋常ではない。
けれどもそれゆえに、過去に事故も事件も人死もないことまで、
すぐにネタばれしちゃう。都市伝説ファンは怪しい情報を追うわりに、
けっこうちゃんとした根拠や由来の有無を重視する現実志向が多い。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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