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829  ふうぶつし

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 セミの声に勢いがなくなってきて、かわりにちらほら姿を見せ始めたのがトンボたち。
 まざまざ厳しい残暑の中を、スイーッと飛んでいる。
 そんな夏休みの最中。
 退屈をもてあまし、避暑を求めて街のあちこちを渡り歩くうちに、クラスメイトに会ったミヨちゃんとヒニクちゃん。

「ひさしぶり」

 小麦色の肌にてニカっと健康的な笑顔をみせたのは、チエミちゃん。
 クセモノぞろいのミヨちゃんの周囲にあって、容姿、能力、思考、成績、その他もろもろが平均値にすっぽりおさまっている女の子。
 だからとてあなどることなかれ。
 平均というのは集団を司る芯にて、その行動を決定する指針となるもの。
 つまり彼女の動向さえ追っておけば間違いないので、教師たちからは密かに「偉大なる凡」と呼ばれている子なのである。
 その他大勢のモブこそが、最大勢力にて、最大派閥。
 その共感力たるや、世界をも動かす可能性を秘めている。
 だが、そのことは当人および周囲もまだ気がついていない。

 そんなチエミちゃん。
 お盆シーズンは隣県に住む祖父の家へと遊びに行っていたらしい。
 祖父宅の前がキレイな浜辺になっており、海も遠浅にて、波もおだやか。昇る朝陽は勇壮でまばゆく、沈む夕日はロマンチック。そんな場所がほぼほぼプライベートビーチ状態。おかげで夏の海をたんのうしてきたとのこと。
 いまのご時世、とってもうらやましい話である。
 そんなチエミちゃん、バケーションから帰宅したものの、しばらく開放的な環境に身を置いていたせいか、団地の室内が少々息苦しく感じてしまう。
 だからひさしぶりに我が街散策に出かけたのだけれども……。
 
「あっつい! なに、この街中の暑さは! 気温はたいして変わらないはずなのに」

 海辺の街の気温と、内地の街の気温。
 数値的には同じでも、中身がまるで別物。
 あまりの暑さに体がおかしくなって、汗もひっこむほど。むしろ数字をうのみにしていたら、かえって危ない!
 ゆえに三人は道端で立ち話なんぞはせずに、さっさと最寄りの避難場所へと向かう。
 スーパーの中にあるイートインスペース。
 こちらもご他聞にもれず、いろいろとソーシャルディスタンスがうるさいけれども、規制が厳しくなって利用者が減った結果、こうやって子どもが気安く立ち寄れる場所になっているのだが、本日は先客がいた。

 黒っぽい和装の若いお坊さん。
 お盆シーズンといえば、スクーターに乗ったお坊さん。
 それが夏の風物詩。かき入れどきには、一日に五十軒以上もお経をあげに檀家さんのところを訪問することもあるんだとか。
 そんな忙しいお坊さんが、サボっている。
 幼女三人から怪訝な目を向けられて、若いお坊さんが坊主頭をぽりぽり。

「いやぁ、今年はアレのせいでキャンセルがあいついで、予定が穴あきだらけになっちゃってね。だからここで涼みがてら、時間を調整しているんだよ」

 格好が格好ゆえに、立ち寄れる場所が限られる。
 寺社仏閣が腐るほどある地域ならばともかく、限られた僻地では、法衣姿がとにかく目立ってしようがない。そのくせ下手なところを目撃されたら、あっという間にウワサが広まるし。そうなるとうるさ方の老人らが黙っちゃいない。なんのかんのと寄進はしぶるくせに、口だけは出してくる。やかましくってしようがない。
 坊主あるあるを口にして、「まいったなぁ」とグチる若いお坊さん。
 その話を聞いて、「たいへんだねえ」とうなづくミヨちゃんとチエミちゃん。
 するとヒニクちゃんがぼそり。

「試練の夏はまだまだ続く」

 ゴリゴリ夏休みが削られた子どもたち。
 仕事の方法が急激に変わりつつある大人たち。
 価値観や社会のあり方そのものが、根底からくつがえる。
 シンドイけど、それらもいずれは「あるあるネタ」と笑える日が。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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