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802 けんり
しおりを挟む週明けの教室。
女子たちの話題は、あるイケメン俳優の失踪事件であった。
十五でデビューして以来、映画で主演をしたのを皮切りに、ドラマのヒット作に多数出演し、舞台でも活躍。賞を総なめにして演技力の高さは折り紙つき。
加えて歌や踊りなど多彩な才能をみせる。
長身にて抜群のルックスの上にあぐらをかくことなく、勉強熱心で仕事にも真摯に取り組む。
いっしょに仕事をした仲間や、業界関係者にたずねたら、誰もが褒めるような好人物。
だからファンもめちゃくちゃたくさん。
インスタグラムのフォロアー数は、数百万単位という人気者。
それがいきなり姿を消したものだから、世間は大騒ぎとなる。
「急に何もかもがイヤになって、山奥の別荘に引き篭っている」
「じつは前々から病気を抱えていたのが悪化して入院」
「好きな子との交際を事務所に反対されて、駆け落ち同然に逃げた」
「仕事関係で煮詰まっていた」
「悪質なファンにストーカーされて、ノイローゼに」
「マジメすぎてがんばるあまり、ついに心がポキリと折れて」
「週刊誌にスクープをつかまれて、雲隠れ」
「いけないクスリに関与し、捜査の手がのびてきたので逃亡した」
「いろいろ溜まっていたので、ストレス発散に海外に旅に出かけただけ」
「ずっと走り続けてきたから、ちょっと休んで充電中」
「ネットでの適当なデマや誹謗中傷に嫌気がさしたのかも」
などなどと憶測が飛びかうも、その行方はようとして知れない。
マスコミたちも総出で追っているらしいが、真相は藪の中状態。
実際に仕事にも穴を開けていることから、怒っている人もいれば、その身を案じている人もいる。
「ひょっとしたら何らかの犯罪に巻き込まれてしまったのかも」との声も。
それにしてもこれほどに発達した情報社会において、完全に姿を消せるものであろうか?
どこにいっても誰かの目があり、耳があり、あっという間に情報が拡散されるというのに。
ましてや知らぬ者がいないほどの超有名人ともなれば、なおのこと。
だからこそ、彼は国外にいるとの説が、いまのところ濃厚なのだけれども……。
そんな話題でおおいに盛り上がった日の帰り道。
いつものごとく仲良しのヒニクちゃんと下校していたミヨちゃん。
道端に落ちているスポーツ新聞に目をとめる。一面にはもちろん例の話題がでかでかと掲載されており、これにタメ息をこぼす。
「けんりって何だろうねえ」
思ったことを発言する権利。
表現の自由というモノが大切なのは、おぼろげながらもわかる。
かといって好き放題言っていいのは、ちょっとちがう気もする。
でもそう考えている一方では、有名人のウワサ話で盛り上がって楽しんでいる自分もいるわけで……。
「けっきょくのところ、わたしも同じ穴のムジナなのかなぁ」とミヨちゃん。
悩める幼女のつぶやきを受けて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「ムジナとはアナグマのこと」
時代や地方によっては、タヌキやハクビシンらもまとめて
そう呼ばれていた。タヌキやキツネと並んで人を騙す動物として
描かれることも多い。タスマニアデビルっぽくてかわいいけどね。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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