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798 おち

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 車で出かけた地方出張の帰りのこと。
 すでに時刻は午前零時になろうとしていた。
 高速道路を走っていたのけれども発生した地震のせいで、一斉点検が入って途中で降りることになってしまう。
 慣れぬ土地をカーナビを頼りに車を走らせているうちに、いつしか山道へと。
 辺りに民家はなく、点在する外灯がぽつんぽつんと橙色の光でアスファルトを照らしていた。
 曲がり角のたびにガードレールの反射板がギラリ。
 たまに木々の奥に浮かぶ双眸は、シカかタヌキの類であろうか。
 最後に車とすれちがってからずいぶんと経つ。
 こんなさみしいところでうっかりハンドル操作をあやまって、事故でも起こそうものならたいへん。
 だからいつも以上に慎重に運転を続けていた。
 やがて道が下りのなだらかなスロープとなり、遠く街の灯りが見え始めて、ようやくホッとしたところで、運転手が見かけたのは道路脇にポツンと存在している電話ボックス。
 闇の中にぼーっと青白く浮かび上がった、古ぼけたその姿に運転手はドキリとさせられる。
 けれども特に何もなく脇を通り過ぎる。
 どうにも気になったからチラチラとバックミラー越しに視線を送るも、やはり何もない。
 もしもホラー映画や怪談などならば、ここで後部座席に!
 とかいう展開になるのだが、そんなこともなかった。

 ふとカーラジオの音声が乱れ、音が途切れがちに。
 山間部だと地形のせいでときおり電波状況が悪くなることがある。
 だから気にせず車を走らせているうちに、すぐに音がもとに戻った。
 が、そのときである。
 ライトの先に唐突に浮かびあがったのは、ガードレールにそってテクテクと歩いている青いリュックを背負った男の子の姿。

 こんな時間に、こんな場所に、どうして男の子がひとりで?

 一瞬だが心霊現象的なことを考えた運転手。けれどもそんな妄想はすぐにふり払う。
 彼は車のスピードを緩めつつ、助手席側の窓を開けると男の子に声をかけた。
 なぜなら彼にも同じ年ごろの息子がいたからである。
 父親という立場が、つまらない恐怖心よりも義侠心にて彼をつき動かす。

「こんばんわ。こんな時間にどうしたんだい? 何かあったのかい?」

 運転手に声をかけられて、ペコリと頭を下げた男の子は利発そうな顔立ちをしていた。

「こんばんわ。いえ、塾の帰りにうっかり最終のバスに乗り遅れてしまって。
 この先を下ったすぐのところに自宅があるので」

 大人相手に物怖じしない態度。はっきりした口調で、とてもしっかりしており、たいそう感心した運転手は「よかったら乗っていくかい」と親切心を起こすと、男の子は「それではお言葉に甘えてお願いします。じつは足がぱんぱんでちょっと困っていたんです」と笑顔をみせた。

 少年の言ったとおりにて、十分ほども車を走らせたところで、一軒屋が見えてきた。
 こんな時間にもかかわらず窓だけでなく、玄関先にも明かりがついている。おそらくはなかなか帰ってこない我が子を心配して親御さんが待っているのだろう。
 家の前に停車すると、男の子は礼を言って自宅へと。
 男の子が怒られなければいいのだけれどもと、運転手がちょっと心配しつつ車を出そうとしたとき、後部座席にリュックを見つけた。助手席に座るときに、邪魔になるからとうしろに置いたのを、うっかり忘れてしまったらしい。
 しっかりしているようで、やっぱり子どもなんだなぁ。
 と運転手の男はくすりとして、それを届けてあげることに。
 しかし……。

 お昼休みの時間に、クラスメイトたちを相手にして、長々とありがちな怪談話をしていたミヨちゃん、ここで選択肢を提示。

「A・リュックを持っていったら、家が無人の廃墟だった。
 B・家の人が出てきて、『うちにはそんな子どもはいませんよ』と言った。
 C・奥さんが『これは交通事故で亡くなったあの子の』と涙ぐむ。
 さぁ、どれ?」

 まさかの結末が選べるアドベンチャーゲーム方式に、「じゃあ、わたしはAかな。なんだかいかにもって感じがして、ゾクゾクする」と言ったのはリョウコちゃん。
「わたしはCかなぁ。ちょっといい話っぽくて、しっとりしんみり?」とはチエミちゃん。
 なおアイちゃんはこの話が始まったとたんに、「ちょっとトイレ」と言って逃げ出してしまって不在。クラスのオシャレ番長はこの手の話が大嫌いなのである。
 もっとも選択肢を選んだからって、どうなるわけでもなく、そういうお話でおしまい、ちゃんちゃんとなるだけのこと。
 ではどうしてミヨちゃんがこんな話を持ち出したのかというと。

「けっきょく物語にはオチが大切だということ。出だし好調でも、ラストで台無しになる作品のなんと多いことか」

 どうやら先日、小遣いをはたいて購入した少女マンガがそうであったらしく、とどのつまりはグチである。
 それを受けて、ずっと聞き役に徹していたヒニクちゃんがおもむろに口を開いた。

「物語をキチンと畳める能力は、けっこうレア」

 けっこうなクソゲーでも、エンディングに歌が流れると、
 あれ、ちょっとよかったかも。と錯覚を起こすことがある。
 小説やマンガでもそうだけど、アレって何なんだろうねえ。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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