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770 たいりょう
しおりを挟む昼下がりの教室。
天気はあいにくの雨。
しようがないので、だらだらとおしゃべりをして過ごす幼女たち。
そんな中で話題になったのが、ある虫のこと。
今年はカメムシが特にひどいらしい。
地方によっては注意報が発令されたとか。
大まじめな顔をしてアイちゃんから語られて、ミヨちゃんは「なんの悪いじょうだん」とぷぷっと吹き出す。
が、それが冗談でもなんてもなくて、本当のことだとわかってからも、「うーん」と首をかしげるばかり。
カメムシはくさい。
それは有名なこと。
でもミヨちゃんは被害にあったことがない。
ミヨちゃんはモフモフ系全般にはまったく好かれないけれども、魚類や昆虫たちからは大人気。
山に入ってしばらく立っているだけで、カブトムシやらクワガタが背中にびっちりなんてこともあるほど。
だからカメムシにもわりと縁がある。
気づけばカラダにくっついていたなんてこともしょっちゅう。
でもイヤなニオイを発せられたことは一度もない。
だからみんながカメムシの何をそれほどイヤがっているのかが、いまいちピンとこない。
「いや、それはそれでノイローゼになりそうなんだけど」
ミヨちゃんの反応にあきれた顔をしたのはチエミちゃん。
「青臭いというか、キュウリを焼いたようなニオイとか、とにかくなんといえないニオイなんだよねえ。のけぞって『ウッ』てなるの」
どうにかうまくカメムシの恐怖を説明しようとするが、これが微妙にムズカシイ。
イヤと感じる程度には個人差があるからだ。
あと、わかりやすい比喩には、けっこうな語彙力が必要。でもいかに単語を駆使したとて、相手にも同等の語彙力が無ければ話が伝わらない。
小学二年生の女の子たちでは、おのずと限界があって、チエミちゃんはすぐに断念した。
「でもわたしはミヨちゃんの言ってることが少しわかるかも。外で走り回っているとジャージとかにたまについてるんだよねえ。で、例のニオイを出されるわけだけど汗とかに混じっちゃうと、アレであんまり気にならないというか」
そう言ったのはリョウコちゃん。
ぶっちゃけ自分のお父さんの脱いだくつしたの方がずっと臭い。
との言葉に、幼女たちはケラケラ笑う。
でもすぐに真顔になったアイちゃん。
「とにかく油断しないほうがいいよ。だって注意報を出すぐらいなんだもの。きっと網戸や窓ガラスにびっちりとか、壁一面がカメムシグリーンに占拠されたりとか……。うぅ、気持ち悪い」
自分で言っておいて、それを想像し気分を悪くしてハンカチで口もとを抑えるアイちゃん。
ちなみにどんな昆虫も、表から見るのと裏から見るのとでは印象がかなり異なる。
お腹の節々したところや、ぶよぶよしたところ、あとヘンな模様とか。それがびっちり視界を埋め尽くすと聞かされて、その場にいた全員が顔をしかめる。
「でも、そんなカメムシも食べられるって話をきいたけど……。いま流行の昆虫食ってやつ?」
ふとリョウコちゃんがそんなことを言い出したものだから、ミヨちゃんたちはさらに顔をしかめるハメになった。
そしてこれまでダンマリであったヒニクちゃんがおもむろに口を開く。
「実際のところ、けっこう深刻」
何かが大量に発生する。それは生態系の乱れた証拠。
まぁ、人間が原因なんだけど。毛皮目的で輸入して、
繁殖させたのが逃げ出して、とか定番だし。うーん。
有益性はともかく昆虫食はちょいと危険な気がする。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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