ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

769 かげ

　
　小学校の学区内にある、さるマンション。
　そこの駐車場に面している壁に出現した影。
　まぁ、影というか水アカとかコケみたいな、ぬるぬる汚れだけれども。
　それが女の人の幽霊に見えるというので、子どもたちが騒いでいる。
　で、放課後に下校がてらちょっと寄ってみたミヨちゃんとヒニクちゃんの二人。
　他にも仲のいいクラスメイトを誘ったのだけれども、チエミちゃんは家と方向がちがうのでパス。リョウコちゃんはサッカーの練習があるので、これまたパス。アイちゃんはこの手の話が大嫌いなので「いやーっ」と全力で逃げた。
　しようがないので二人きりでやってきたのだけれども……。

「お化けって、ひゅーどろどろタイプかぁ。いまどき古風よね」

　いわゆる幽霊画の足がないタイプ。
　古式ゆかしい伝統の女性の幽霊っぽい影をまえにして、ミヨちゃん「うーん」

「今日び、この手のやつって映画にも登場しないからねえ。いまのはブリッジしながら走ったり、天井を張り付いて移動したり、押し入れからこんにちわとかが主流だから」

　こわいことはこわい。
　けれども、どちらかというとドッキリ要素が強め。
　見た目のインパクトは強いけれども、けっこう恐怖の押し売りが強い。
　というか、ぶっちゃけ人型丸出し。
　あれはもう幽霊というより、すでにゾンビ。

「視覚効果はわかるんだけどねえ。ぶっちゃけ、暗闇とか廃屋とかでふつうに人と遭遇してもこわいよね？　幽霊よりもむしろ実物の方が身のキケンを感じちゃうんだけど」

　こわいという感情にも時代によって変化が生じている。
　かつては人形がテクテク動いているのが、とてもこわいとされていた時代もあった。
　けれども今では、ロボットが「おかえりなさい」と身振り手振りにて愛想よくお出迎えするように。
　人形が勝手に動くのなんて、「へー」と感心する程度に成り下がってしまった。
　人形の髪が伸びるのも、「ふーん」といった感じ。
　たしかに気持ちは悪いけれども、ただそれだけ。
　例えば深夜の墓地に肝試しに出かけて、本当にお化けや人魂に出会うのと、実在する変質者に遭遇するのとでは、どちらがおっかないのかといえば、後者である。
　巷には幼女どころか、さらに低年齢層にも欲情する変態鬼畜外道がいる。
　幼女、ノータッチ！　幼児性愛者、撲滅せよ！
　まったくもっていやな時代になったものである。

「やれやれだぜ」とミヨちゃん。ため息をつきつつ「それに比べたら、この影なんてかわいいものだよ。そういった意味ではとっても控えめで、好感度がぐんぐんだよ」

　ミヨちゃんたちが影を前にそんな会話をしていたら、そこにやってきたのは地元の女子高生たち。
　彼女たちもウワサを聞きつけて見物にやってきたのだ。
　で、さっそくスマートフォンでパシャパシャ撮影を開始。
　騒がしくなってきたことだし、そろそろ引き上げようかとミヨちゃんが言い出したとき。
　それは起こった。

「えっ！　ちょっと、何よ、コレ？」

　女子高生のひとりが撮影した画像をチェックして、声をあげる。
　興味をおぼえて「どうしたの」とミヨちゃんたちがのぞきこめば、スマートフォンの画面の中には、不気味に橙色に光輝く幽霊の影の姿が……。
　騒然となる現場。
　これを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「どうして夏になると怪談話がわいてくる？」

　宇宙のナゾが解明されるのが先か。
　深海のナゾが解明されるのが先か。
　心霊の存在が証明されるのが先か。はてさて。
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。