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743 ほしょう
しおりを挟むミヨちゃんがお母さんといっしょに商店街へ買い物に行った帰りのこと。
自宅までもう少しという角を曲がったところで、井戸端会議に捕まってしまう。
あれだけペチャクチャとにぎやかに話しているというのに、近くまで行かないと気づけないから、とってもふしぎ。
時間のあるときならばいいけれども、急いでいるときに限って、話の内容がどうでもよくって長くなるから困りもの。
でも、その日は内容が内容だったので、あんまり長くならずにすんで、ホッとしたものの、なんとなく胸の奥にモヤモヤを抱えてしまうことになる。
ある顔見知りのおばさんが言った。
「一年前に買ったスラックスなんだけど、一度も着ることがなくって、ずっとしまっていたの。で、ちょっと着て一回洗濯したらね。なんと太腿のあたりに大きなほつれができちゃって。あんまりだったから、商品を持ってお店に怒鳴りこんでやったわ」
まるで武勇伝のように語られた話だが、とどのつまりはクレームである。
それも、よくよく考えたら「えー」と首をかしげるような内容。
そしてミヨちゃんは思った。
「これってクレームとして成立しているのかしらん?」と。
この話は自宅の夕食の席でも持ち上がり、男性陣は全員「ないない。ほとんど言いがかりのレベルだよ」とのご意見。
で、お母さんとおばあちゃんは「気持ちはわかるけれども、さすがに一年は、ねえ」といった感じ。ちょっぴり同情しつつもあきれており「なんだかなぁ」といったご意見。
みんなの意見を参考にしつつ、ミヨちゃんもとっくり考えてみたけれども、幼女的には「お店の店員さんが気の毒」といったところで軟着陸。
で、翌日のこと。
さっそく学校の休憩時間に、このことを友人らにたずねてみた。
「そのケースだと、修理請け負いあたりが妥当でしょうね。ただし無償となるかどうかは微妙なところかしら。なにせお客は平然と自分に都合のいいウソをつくから」
そう言ったのはアイちゃん。彼女の一家はそろってファッション関係に従事しているから、業界のトラブル話にもそれなりに詳しい。
なんでも似たような言いがかりに近い話が、靴とかカバン類にけっこう多いという。
高級品になればなるほど、保管にも細心の注意が必要なのに、そのことを理解していないユーザーは存外多いんだとか。
「一年間も使わない品を買ってる時点で無計画の無駄遣い。ダメダメだな」
「スラックスなんでしょう? だったらふだん着じゃん。一年も寝かしておく意味がわかんない」
けんもほろろだったのが、リョウコちゃんとチエミちゃんの二人。
チエミちゃんにいたっては「いい歳をしたおばちゃんなんでしょう。だったら一年前のスラックスが着れたことを、むしろよろこぶべき」とさえ言った。
総じて批判的な意見が続き、ミヨちゃんも「やっぱり、そうだよねえ」とフムフム。
するとここでおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「着地点のないクレームは不毛」
文句を言った方も、機嫌が悪くてぷんぷん怒り心頭。
文句を言われた方も、腸が煮えくり返って奥歯ぎりぎり。
言いたいことを言ったところで、スッキリとはいかない。
わだかまりが延々とまとわりついて、誰も幸せになれない。
つまりはカロリーのムダ。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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