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740 はしる

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 お昼の休み時間の校庭にて。
 縦横無尽に走り回っているのは、上下の赤ジャージ姿のヨーコ先生。
 キャアキャア言いながら逃げ回っているのは教え子の生徒たち。
 先生が鬼役にて、子どもたちが逃げる。
 古き良き伝統遊戯、鬼ごっこ。
 優れた鬼であるほどに、逃げる方はスリルが増す。
 そして子ども相手にも手を抜かない、大人げない大人、三十路手前、独身、彼氏なし、女教師は容赦がないから、そりゃあ恐ろしいのなんの。ちかごろちょっとお腹のお肉が気になっているから、気合の入りようひと味ちがう。

 髪をふり乱して「悪い子はいねがぁ」と迫る赤鬼。
 さながら安達ケ原の山姥か。あるいは道成寺物語の清姫もかくや。
 遊園地のお化け屋敷や、その辺のB級ホラー映画なんて目じゃないので、スリル満点。
 でも、この光景。
 はたから見ていると、けっこうやばい絵ずらである。

「ほら、怪人赤マントとかいう都市伝説があったでしょう? アレって元はこんな感じだったんじゃないかな」

 そうつぶやいたのは、とっくに鬼に捕まって巣となる場所へと連れ込まれてしまったチエミちゃん。
 容姿、能力、その他もろもろが平均的なチエミちゃんは、こういう個々の技量がもろに反映される競技ならぬ遊びとなると、からきしなのである。

「あー、口裂け女とかも、そうかもしれないね。自分たちは遊んでいるだけのつもりでも、関係ない人から見たら、どう見えるかなんてわかんないし」

 うんうん。ミヨちゃんがうなづく。
 わりと運動も得意なミヨちゃんだけれども、逃げる際に、うっかりズルリと砂利で足をすべらせたのが運のつき。
 転んでひざをすりむくのは、ヨーコ先生に受け止められて回避するも、あえなく御用となる。

「聞こえない。聞こえない」

 チエミちゃんとミヨちゃんの会話に耳をふさいでいるのは、アイちゃん。
 クラスのオシャレ番長にして、学校のファッションリーダーである彼女は、怖い話系が大の苦手。
 そしてオシャレな格好と運動は相性が悪いので、速攻で捕まった。

 本気になった大人はおそろしい。
 ヨーコ先生に捕まった子たちが、続々と送り込まれてくるので、巣はすぐに密集状態になる。
 そんな中にあって、いまだに逃げ続けていたのがリョウコちゃん。
 小学校二年生にして高学年に匹敵する体躯と体力を保有し、運動神経抜群にしてカモシカのごとき脚線美を誇るリョウコちゃんが、軽やかに走って逃げる逃げる。
 三十路手前の弱点である持久力に揺さぶりをかけるという作戦。
 その勇姿に「さすが」「ステキ」「がんばれー」とみんなが応援していたのだが、「あっ」と声をあげたのはミヨちゃん。
 それもそのはず、気づけばリョウコちゃんは花壇エリアへと追い込まれていたのである。
 各クラスごとの専用の花壇が点在する場所にて、それが網の目のように配置されてある区画。
 花壇に立ち入ることは厳禁なので、ここを抜けるにはどうしたって花壇の合間の細い道を進む必要がある。
 それすなわちスピードが出せないということ。
 こうなると体が大きく、一歩がデカい方が圧倒的に有利。
 やがて善戦むなしくリョウコちゃんも鬼に捕まってしまい、みんなは「あー」とガッカリ。

「狩りをしやすいように、わざとあそこに誘いこんだんだよ。ヨーコ先生が本気すぎる」

 おののくミヨちゃん。他の子たちもガクブル。
 すると珍しく早々に捕まってしまっていたヒニクちゃんが、おもむろに口を開いた。

「鬼ごっこの起源は宮廷行事だとか」

 年中行事の中に追儺という鬼払いの儀式あり。
 平安の頃から行われており、これが起源とされているが、
 あくまで諸説あるうちの一つ。なにせ世界中で似たような
 遊びがあるもので。昔から渡る世間は鬼だらけだったのね。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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