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737 もじ
しおりを挟む国語の授業のことである。
作文を書いた。
お題は「すきなこと」
授業中に書き終わらないと宿題になるので、みんなせっせと鉛筆を走らせた。
ある子はお母さんについて書いた。ある子は家で飼っているネコのことについて書いた。ある子はハムスターについて。ある子はサッカーについて書き、ある子はオシャレについて書き、ある子は夢中になっている特撮ヒーローについて書いた。
一部、題材がかぶることなどもあったものの、内容や切り口は個性が光る。
みな思いおもいに心の内をつづる。
そんなクラスメイトにまじり、いろいろと大好きを持つミヨちゃんが、しばし悩んだ末に選んだのは「おばあちゃん」のことであった。
タメになことをたくさん知っていること。
ムズカシイ言葉もたくさん知っていること。
お箸の使い方や文字がとてもきれいなこと。
おいしいオハギが作れること。
針仕事が達者にて、着物の上着とかもチクチク仕立てちゃうこと。
端切れにて人形の服や小物とかを作ってくれること。
あちこち連れて行ってくれること。
たまにお小遣いをくれること。
着物からほんのりショウノウの薫りがすること。
怒るとこわいこと。
なんだかんだで我が家で最強なこと。
でも、やっぱりやさしいこと。
まだまだかくしゃくとしており元気なこと。
おじいちゃんが死んでから、わりと積極的にサークル活動に精を出していること。
案外、同年配からモテまくっていること。
などなど。
思いつくことをスラスラと書いたミヨちゃん。
作文に苦戦するクラスメイトたちを尻目に、あっという間に仕上げてしまった。
むしろ書ききれないことが多すぎて、原稿用紙一枚ぽっちでは不満に感じたぐらい。
なにせミヨちゃんは芸術系とか作文とか、感性の影響が色濃く出る分野が得意中の得意。ゆえにこの程度はお茶の子さいさい。
見直しもすませて、暇になったミヨちゃん。
周囲をキョロキョロしては、のぞき見をし、そばにいた子たちに「やーん」「みんなよー」とおおいに煙たがれる。
でもそんな中にあって、一切の文句も言わず、のぞかれるにまかせていたのがヒニクちゃん。
いつも以上に寡黙となり、黙々と原稿用紙に向かってヒニクちゃんがつづっていたのは、家で飼っているゾウガメのポンタのこと。
なにせポンタのエサの足しになればと、裏庭で家庭菜園をはじめたほどであるからして、その愛はとどまることを知らない。
しかしその気持ちとは裏腹に、文面はまるで研究論文かと思われるようなものであり、ひたすらゾウガメの生態についての羅列が、びっちりと原稿用紙を埋め尽くしつつあった。
あと五分ほどで国語の授業が終わるというときになって、教壇より担任のヨーコ先生が「はーい、じゃあ書き上げた人はもってきてくださーい。出来なかった子は明日提出すること」と告げる。
原稿用紙を手にわらわらと教壇へと向かう子どもたち。
その数を見るに、クラスの三分の二ぐらいは仕上げられた模様。
でも、ここでちょっと困った問題が持ち上がる。
現代文明の影響か、昨今のメールやインターネットの影響か、横書きにて書いた子が二人ほど。しかも顔文字なども込み。
さすがにこれにはヨーコ先生も「うーん」と渋面。
原稿用紙と作文の作法からは逸脱している。
けれどもこれは公募とかとはちがうし、なにより事前にダメとは言っていない。
いわば世代間ギャップの発露とでもいおうか。
しばし悩んだ末に、ヨーコ先生は「まっ、いっか。今回は許す」と受け入れる。
一連のやり取りを見ていたミヨちゃん、「こういうのをコロンブスのタマゴっていうんだよね」とフムフムひとりごちた。
コロンブスの卵。
縦がダメなら横にしな。みたいな発想の転換を示す表現。
ゆえに今回の件をあらわすには、ちょっとちがう。
ミヨちゃんのつぶやきを耳にしたヒニクちゃんが、ここでおもむろに口を開いた。
「文字は生き物」
かつては普通であったモノが、のちにダメになったり、
ムズカシイからと、簡単なモノにかわったり。
くっついたり、略されるうちに、新しいのが生まれたり。
ただでさえ世界有数の複雑な言語に、様々なエッセンスが加味。
後世の学者さんは、さぞや解明と翻訳に頭を痛めるのでしょうね。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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