ミヨちゃんとヒニクちゃんの、手持ち無沙汰。

732 ばった

　
　河川敷を散歩中のミヨちゃんとヒニクちゃんの二人。
　すると繁みの中からぴょんと姿を見せたのは一匹のバッタ。
　緑色のシュッとしたタイプにて、草むらでよく見かけるもの。
　ただしくはバッタ目キリギリス科。

　バッタとキリギリス、そのちがいって何だよ？
　色や形だけでなく、いろいろちがうこの両者。
　キリギリスは童話にも登場するように、いかにもスマートな容姿。そして翅を左右でこすり合わせ、綺麗で複雑な音色を奏でる、派手でモテモテなミュージシャンのような存在。
　でもバッタはちがう。
　翅を上下でこうすり合わせ、ときには足とすり合わせて音を出すため、その音色はかなり野暮ったいものとなる。微妙な演奏にて、足を止める者とてほとんどいない路上ミュージシャンのような存在。
　加えて容姿も野暮ったい。顔も角ばっているし、スタイルもずんぐり。
　足の長さもキリギリスはすらりと長く、バッタは短め。
　そのくせ狂暴なのはむしろキリギリス。前足にはトゲトゲを持ち、捕食性が高い。
　モテるは、かっこいいわ、おしゃれで、音楽性豊か、そのくせ暴力的な側面もあるとか、どんだけ要素てんこ盛りなんだよ！　というキリギリス。
　同じバッタ目だというのに、この差はいったい……。
　というぐらいに差がある両者。

　ミヨちゃんの肩にとまったキリギリスを、ひょいと指先でつまんでしばし観察してから、繁みに逃がしたヒニクちゃん。
　しばし二人してバッタの話にて盛り上がる。

「ほら、アリとキリギリスって話があるでしょう？　ミュージシャンの活動を全否定して、労働と奉仕をやたらとホメたたえるやつ。でもキリギリスのことを知れば知るほどに、ちょっとちがうような気がするんだよねえ」

　ミヨちゃんいわく。
　ぶっちゃけモテモテだから、いざとなったら女のところに転がり込む。
　もしくはその才能ゆえに、世間がほっとかない。
　っていうか、誘われるままにアリの巣に入ったら、きっと食べられちゃうよね。
　だからアレは巧妙なワナだよ！
　などなど、虚実が入り乱れた話が錯綜する。

　と、またしても繁みからキリギリスがぴょん。
　ミヨちゃんの背中にピタッとくっついたので、ヒニクちゃんがさっきと同じように逃がしたところで、ミヨちゃんが「そういえば……」と口にしたのは、あるバッタの話題。

「なんでも遠い異国で、バッタが大量に発生してヤバいことになっているらしい」

　とにかく数がいっぱい。雲霞のごとき量にて、ひとつの街どころか市、あるいは巨大なメトロポリスすらをも丸のみするほどの大群が出現。
　畑の作物から、森から、片っ端から食い荒らしているという。
　これもまた物語に登場するような話なのだが、実話。
　古くは聖書にも記載されており、神が下す天罰のひとつとされているとか。
　そんな現象がただいま世界を席捲中。
　遠い海の彼方の出来事。
　けれども、だから安心とはいかないのがこわいところ。
　食料危機を招いているらしく、けっこう世界の危機的状況。
　この話をミヨちゃんから受けて、おもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「海の彼方だと油断していたら、マジでヤバい」

　新天地を求め、海を越えようと飛び出したバッタの群れ。
　途中で力尽き死んでボトボト落ちる。
　その大量の屍が集まって浮島となり、これが中継地点に！
　まさに俺の屍を超えてゆけ。こんなスゴイ相手に人類は勝てるの？
　……なんぞと、コヒニクミコは考えている。