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680 ひだね

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 酔ったミヨちゃんのお父さんが遅くに帰宅。
 とはいえ午前さまというほどでもない。
 ちゃんと終電前には帰ってきた。タクシーでの重役帰宅というわけでもない。
 ただ、少しばかりご機嫌だっただけのこと。
 たまにあることなので、ミヨちゃんのお母さんも「もう、しょうがないわねえ」とちょっと呆れるぐらい。
 酔っ払った夫と出迎えた妻。
 夫婦にてしばし玄関先にての攻防。
 その物音を聞きつけたついでに、トイレへと起きたミヨちゃん。この場面を目撃。

「おかえりなさい」とお父さんに言葉をかけつつも、その醜態を前にして「自分は大きくなってからは、けっしてああはなるまい」と密かに誓う小学二年生の幼女。

 で、そんな父母を尻目にトイレを済ませたミヨちゃん。
 ちょっとノドがかわいている。けれども寝る前に水分をとると……と考え、どうしたものかと悩んでいたら、風呂場の方から何やら剣呑な気配が漂ってきた。
 耳をすませばお父さんとお母さんが言い争っている。
 びっくりして眠気も吹き飛んだミヨちゃん。
 さっそく様子を見に行こうとしたのだけれども、その肩を背後からつかんで止めたのはおばあちゃん。
 人差し指を自身の口に当てて「しーっ」のポーズ。

「夫婦ケンカはイヌも喰わないってね。いざとなったら、わたしが止めてやるから、ミヨはさっさと寝な」
「でも……」
「大人には大人の事情ってもんがあるのさ。それに親にだって我が子に見られたくない顔のひとつやふたつあるものさ」

 ヤマダ宅の最年長者にして一番の知恵者、百戦錬磨の人生の達人からそう言われては末孫としては、「わかった」とうなづくしかできなかった。
 なお、翌朝にはお父さんとお母さんは何事もなかったかのように、ふつうに朝食の席についていた。

「……なんてことが昨夜あったの」

 公園にてシーソーに興じながらミヨちゃんが言った。
 反対側にてぎっこんばっこんしているのは、もちろん仲良しのヒニクちゃん。

「でね。ケンカの理由ってのがネクタイなんだっていうんだから、呆れちゃう」

 酔っぱらった父帰宅。
 出迎える母。上着などを脱がせて、とっと風呂へと押し込めようとした。
 が、そこでハタと気が付いたのがネクタイ。
 朝、出勤時に自分が選んであげたモノとちがうネクタイが夫の首に。
 何かのアクシデントにて汚れたりして、やむなく手に入れた品に着替えたということは、十分にありえる。
 だから母も「どうしたのこれ?」と気軽にたずねた。
 すると父、「あぁ、それ部下の若い子にもらったんだぁ」と鼻の下をでろんとのばす。
 プレゼントされた理由はいろいろあるだろう。そして決して怪しい理由ではない。
 それでも父のだらしない顔に、ちょっとカチンときた母。
 軽くイヤミのジャブ。すると足下がおぼつかない父の急所にクリーンヒット。
 とっさにやり返す。そこから先は売り言葉に買い言葉にて、俗にいうところの夫婦喧嘩に発展。

「子どもとしては反応に困るよねえ。いつまでも仲がよろしいと考えるべきか、いい歳をしてちょっとと考えるべきか」

 おばあちゃんはミヨちゃんに「大人には子どもに見られたくない顔がある」と言ったけれども、子どもとしても親がイチャイチャしているところを見せられるのは、ちょっと困る。というか食卓が気まずい。
 なんともほのぼの、幸せなお悩みを口にしたミヨちゃん。
 これを受けておもむろにヒニクちゃんが口を開いた。

「子どもが夜更かししても、あまりいいことはない」

 寝る子は育つではないけれど、夜は基本的に大人たちの時間。
 ちょっと覗いてみたい。その気持ちはよーくわかる。
 でもそれは舞台裏を覗くのと同じこと。知らぬが仏ってね。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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