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653 じぶんし

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 学校の行事でバスでの校外学習。
 あちこち巡ったあとに最後に立ち寄ったのは博物館。
 展示されてあったのは、地元にあるお城ゆかりのものばかり。
 城の改築や、堀や井戸をさらった際に出土したり、敷地内を発掘調査して得られた貴重な品々。これに代々伝わる刀や鎧や文献、掛け軸や絵なんかがいっぱい。
 ぶっちゃけ城主は有名でもなんでもない。
 何がどう転んでも大河ドラマの主人公に抜擢されることはない。それどころか脇役で登場することもない。
 けれども歴史小説や時代劇なんかではお馴染みの、教科書に名を連ねる英雄たちと同じ時代を駆け抜けたのは間違いない。
 相応に修羅場をくぐり、歴史の荒波を泳ぎきった猛者だったはず。
 でなければ、一国一城の主になんてなれるわけがない。
 武士の時代が終わるまで、転地をされることもなく、細々と命脈を繋いだことからしても、まったくの無能だったわけでもない。
 そんなお城の初代城主の肖像が描かれた掛け軸を眺めていたのは、ミヨちゃんとヒニクちゃんの二人の幼女。

 初代城主は痩せたネズミのような男だった。
 しかもネズミなのに猫背という貧相な容姿。
 クラスメイトたちの大半がほとんど興味を示さず、さっさと素通りし、刀とか鎧の展示されてあるエリアへと向かったのにもかかわらず、二人はじっと見上げていた。

「哀愁がぷんぷんだよ。やっぱりビジュアルが地味なのが原因かな。見た目で損をするタイプだね」

 今も昔も、見栄えがいいほうが得をする。
 そうぽつりとつぶやいたミヨちゃん。
「ケッ」と床を蹴り、ちょっとやさぐれた。
 閲覧の流れで隣に展示されてあった彼の概略を読んで、ミヨちゃんは思わず目頭を熱くする。
 そこに書かれてあったのは生まれながらに、母親から忌み嫌われて、三兄弟の中の二番目にも関わらず、それはそれは辛い幼少期を送ったこと。

「おまえを見ているとイライラする。ええい、いっそ寺にでも行って、クソ坊主にでもなるがいい」

 母親から散々にいびられ、兄と弟からは蔑まれて、周囲の人間すべてに軽んじられ、ついには追い出された彼は、トボトボと言いつけ通りお寺にて出家の道へと進む。
 が、根がまじめだったらしく、誠心誠意勤めたもので住職からは大層かわいがられた。
 また自分の出自を鼻にかけない態度も好評にて、寺仲間や地元の人々に慕われるようになる。
 期しくも環境に恵まれた彼は、そこですくすくと健全に育った。
 一方その頃。
 歪んだ愛憎を胸の内に抱く狂気の母親に育てられた長兄と末弟は、まるでより母親より愛されようとするかのように、互いに競い合うようになっていく。
 たんに能力を競い、才を磨き、互いを高め合う競争ならばよかったのだが、時は戦国の世にて、ついには血で血を洗う闘争へと発展。

 これにより領内は三つの派閥にわかれることに。
 一つは長兄をお世継ぎにと考える一派。
 一つは末弟をお世継ぎにして傀儡としようと考える一派。
 一つはどちらにもくみせず、現状を憂う一派。

 兄弟の成長に合わせて対立も激化。
 日に日に領内が剣呑となっていく。外敵もあるというのに、なんたることかと嘆く人々。
 そんな時に現状を憂う一派にて、ふと思い出されたのが、寺に入った次男の存在。
 血脈的には後継者としての権利を保有しているものの、あの母親の息子だし、どうせ似たようなものだろう……。
 と、あまり期待せずに家臣らが会いに行ってみると、びっくり仰天!

「めっちゃ、いい子やん! しかも超マジメ! 本当にあの毒婦の息子かよ!」

 長兄と末弟のダメっぷりが突出しており、次兄の良さが際立つこと、際立つこと。
 これによりついに表舞台へと担ぎ出されることになった次兄。
 そこから先は、まぁ……、しょせん戦国時代ですから。情だけではままならぬ。
 バッサリ、ザックリ、しゃれこうべ。
 かくして趨勢は定まった。

「モリゾー、めちゃくちゃ主人公じゃん! っていうか父ちゃん、影も形もありゃしねえ!」

 幼女、冴えないネズミ男に秘められたサクセスストーリーに大興奮。
 なおモリゾーとは初代城主「山田森蔵」のこと。
 ただし、正確な読み方は「さんだしんぞう」である。
 そんなミヨちゃんを横目にヒニクちゃんがぼそり。

「人の数だけ物語がある」

 かといって、どこぞの社長が書いた自分史本とかもらっても、
 扱いに困るけれどね。内容が面白かったら十中八九盛ってる。
 でもありのままを記すと、それはそれてクソつまらないし。だから訂正。
 確かに人の数だけ物語はあるけれど、すべてが面白いとは限らない。
 ……なんぞと、コヒニクミコは考えている。


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