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616 かんぼう
しおりを挟む海の向こうで性質の悪い風邪が発生。
陸海空と幾多の経路にて繋がる現代社会。
早くも拡散されて世界的に流行の兆しアリ。
初動の遅れや錯綜する情報については、何も言うまい。いろいろと大人の事情があるから。
水際対策が叫ばれるも完全に防ぐのは、きっと不可能。
出入国者全員を強制的に検査したとて、潜伏期間だとどうしようもない。
そしてこういう事態になると決まって推奨されるのが……。
「がらがらがらがら、ぺっ」
学校の手洗い場に並んで、ウガイと手洗いに精を出す小学二年生の五人の幼女たち。
「手洗いはともかくウガイの効果はいまいちはっきりしてないんだって」
そう言ったのはチエミちゃん。
容姿能力ともに平均値にすっぽり収まる彼女は、プッシュ式の泡石鹸にて手をゴシゴシ。
「あー、それ聞いたことある。でも効果があるって言ってる医者もいるんだろう? まぁ、効果の有無はともかくスッキリするから、わたしは好きだけど」
慣れた様子にてコップ片手にうがいをしていたのは、リョウコちゃん。
サッカー少女の彼女の家には幼稚園の弟がいる。それもあって衛生面では特に気をつけている。なにせ病魔は抵抗力の弱い年寄りや小さな子に牙をむくから。
「でもわたしはウガイってちょっと苦手かな。たまにゲホッってなるもの」
クラスのオシャレ番長であるアイちゃんは、丹念に指先についた泡を水で洗い落としながら言った。
上を見上げてガラガラをしていると、たまに気管支に水が入ってしまいむせる。
そうなると溺れたようになってプチパニック。あと口から垂れるのもアイちゃん的に美意識が許さない。
でもなんだかんだと言いながらも、丁寧にウガイと手洗いをするのが女の子たち。
対して男の子たちは、「知ったこっちゃねえ」との態度にて、じゃぶじゃぶ飛沫をまき散らしながらの乱雑な手洗いのあとは、ズボンでパパッと拭いてしまう。
これを横目に幼女たちは「男ってアホウだよね」と呆れ顔。
そんな会話に混じりつつ、ミヨちゃんが水道の蛇口をキュキュッと締めるも、そこで動きがピタリと固まる。
急制動にて首をかしげたアイちゃんが「どうかしたの?」と声をかけると、ミヨちゃんはこんなことを言い出した。
「ほら、デパートの洗面所とかで手をかざすだけで水がでる蛇口があるでしょう? あと勝手にフタが持ち上がっちゃうトイレとか」
あれって便利だけれども、さすがに甘やかし過ぎではなかろうかとの素朴な疑問。
なんでもかんでも自動化。近々のうちにAIが仕事をして、車も走らせるとか。
もちろん体が不自由な人とかならばしようがないけれども、五体満足な身の上にて元気なうちから、そんなに楽をしていいものだろうか。
ミヨちゃんはふとそんなことを思った次第。
現代社会は横着社会。
そのせいで弱体化しているから、病気が猛威をふるっているのではなかろうか。
そんな仮説まで飛び出して、みんなは返答に窮した。
するとおもむろにヒニクちゃんが口を開いた。
「宇宙に行くと肉体が弱体化。過ぎた衛生もまた同じ」
無重力状態に長く留まっていると、筋肉と骨がずんずん劣化する。
多くの人が触れる場所は、感染源となりやすいのはわかるけど。
過保護の果てに待つのは、甘ったれの根性なしと相場が決まってる。
……なんぞと、コヒニクミコは考えている。
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